<抱 擁>



酷い嵐だった。
冗談のような角度で船はあらゆる方向に揺れ、戻り、砲弾さながらの水と衝突し、ぎりぎりのところで沈を免れていた。

重力の関係なくなった甲板ではいろいろなものが飛び交った。
始めのうちは船を守ろうとしていたクルーも、航海士の「みんな!何かに捕まって!」
という絶叫を合図に、自分の身を守る方向に切り替えた。

横殴りの水は、雨なのか、波なのか、もうわからない。
時折視界を完全に封じられながら、弄ばれ続ける船に縋り、どうにか呼吸を保った。

ナミさん、ロビンちゃん、
無事か……。

気になるが、見に行くことも出来ない。


「わはははははは。ぎゃはははははは」

ひとり、船長だけが遊んでいた。
ゴムの塊になって、あっちへぶつかりこっちへぶつかり、物凄く楽しそうだ。

「言うことを聞いて!殺すわよ!」

ナミはしばらく叫んでいたが、ついに諦めたらしい。


と、そのゴム弾がいきなりこちらに向かってきた。
あ、と思った瞬間船を掴んでいた手が離れ、飛んで来たルフィを抱き止めるような格好で一緒に甲板に倒れ込む。

「あははははは! 悪りぃ!」

びしょ濡れの麦わらから水をぼたぼた零しながら、ルフィが笑顔で言った。

「……」

その時、耳を劈いていた音が急に静かになり、ルフィの向こうで雲が一気に流れた。
黒に混じった光の中に、青い色も見える。

終わった……のか?

ついに抜けたかと様子を伺おうとするが船長が乗っていて動けない。
身を捩って抜け出そうとしたら、察したゴムが

「サーンジーぃ」

といって巻き付いてきた。

「おい。離、せ!」

俺はレディスの様子を見に行かなきゃならねえんだ、よ!
渾身の力を込めて振り解こうとするが、何を意地になっているのか言うことを聞かない。

と、ゴオオオ、という風の唸りの名残と共に視界がまた暗くなり、ゴムがぎゅっと剥がれていった。

「なんだよ、ゾロ!」

剥がされた船長が遠くまで飛ばされ、船の縁でバウンドする。

「ほら」

手が伸びてきた。
弾みで握り返した。
すると、ぐいっとその手が引かれ、立ち上がった身体が腕の中に包まれた。

「?」

耳のすぐ横で、声がした。

「油断すんな」

は?

「何、言って……」



回された腕に力が入り、先の言葉は宙に消えた。

濡れたシャツ越しに、厚い胸を感じる。
腕に囚われ、顎で押さえられ、二本の脚は、自分のすぐ傍に伸びていた。

全身水に浸り切っていたが、

首筋は、
ゾロの匂いがした。


何を言ったらいいのか、
何を聞いたらいいのか、

うろうろするうち腕は柔らかに引く気配を見せた。
その時また船が揺れて、自分を抱えた腕に違った方向の力が入り、身体がぐるっと回転して、上方から降って来た樽を、ゾロが肩と背中で受け止めた。

「!」

樽は甲板で鈍い音を立て、転がった。
腕が、緩やかに離れていった。

またひとつ、煽られた小箱が空を舞う。

バカ野郎。
飛んできた荷ってーのは、こうやって片付けるんだよ!

飛び上がり、脚でキャッチして勢いを止め、そのまま元の位置まで力を加減して蹴り飛ばす。
それを見もしないで船首の方に歩き去ったゾロの背中を見て、サンジはそっと、自分の身を抱き締めた。

目を瞑ると、匂いと声が、蘇った。












「出来てない」シリーズ。(がんばる)




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