<武器を取れ!>



時間は、少しだけ残されていた。
もう一度端から順に確認する。

冷蔵庫。中身なし。電源オフ。
食器棚の扉にガード、リフトのスイッチオフ。
火は消した。燃料は抜いて、海に捨てた。
刃物類は、全部まとめて自分のカバンにしまい、部屋の中だ。

船が爆弾になったんじゃあ堪らない。
包丁を見つけて暴れる馬鹿が出たんじゃ堪らない。

非常食。昨日全部奴らの腹の中に収まった。
酒は……多少残っているが、万が一火が回っても大事にはならねえだろう。
それに帰って来た時、何はともあれ上げる祝杯の中身がないのは興醒めだ。

よし。
これでよし。

頼んだぜ、サニー。宝樹アダムの力を見せる時だ。
負けんじゃねえぞ。
俺たちが帰るまで、かならずここで、待っててくれ。



世界貴族軍の最大の怖さは、いつまでたってもその手の内の底が読めないことだった。
パシフィスタ、巨大獣、人間兵器。革命軍始め各国の挙兵隊は、その都度対抗策を
編み出してきたがきりがない。フラミンゴの厄介な能力と相俟って、数ではこちらが圧倒的に
上回るものの、勝利の可能性は、よくて五分五分だった。

だが当然のこと、ここで退くわけにはいかない。
闘って、前へ。
そこに眠る真理に辿り着き、そいつを抉り出すまで。
船長の道を切り開き、後ろを護らねばならなかった。

これが最後の戦いになるだろう。
全員が正しく理解していた。

上着を担ぎ、脚を外に向ける。
と、棚の側面に掛かったメモが目に入った。

港に立ち寄るたびこれを片手に、次々買い物する横で荷物持ちが大活躍した。
そんなことも懐かしい。

歩み寄って、テーブルの上に下ろし、布の紐で繋がったペンを構える。


もし俺が、帰らなかったら。


その時のために書こうと思った。
それだけは、やって行こうと思った。

運よく生き伸びたら、一番最初に戻ればいい。
誰の目にも触れないうちに捨ててしまえばなかったことになる。

「えーと?今まで有難う。……そうじゃねえな」

紙の近くまで下ろしたペンを再び上げる。
字を見れば書いた人間の判別は付くだろうが、誰に向けて書かれたのか、
それがはっきりしないことには意味がない。

「剣士へ」

始まりはそれで決まった。

「あっちで待ってる」

……うおおおお。キモッ、女々し過ぎたっ。
顔から汗が噴き出した。
しまりのねえ話だ、実際。ノースブルーの踊れる詩人たる俺様が、こんな肝心なときに
気の利いた文句ひとつ捻り出せねえとは。

お前のことは、憎からず思ってた。
それをあっさりかつ美しく、残していくには……

「また会おう。」

もうこれでいいことにした。
何だか自分で拍子抜けしたが、書いたということに意味がある。
うん。そうだ。

メモをもう一度元の場所に戻し、今度こそ出口に向かう。
と、睨み付けた扉が急に開いて、息を呑んだ。
敵がもうここまで、そう思って咄嗟に身構えた―――

だが違った。

「……ゾロ?」
「ああ……」

向こうも目を丸くしている。

「ど、どうした」
「え、ああなんか」
「おう」
「忘れ物したような気がして」

忘れ物?

胸が早鐘のように打った。
忘れ物なんか、するわけねえじゃねえか。
もししたって、取りに来るわけねえじゃねえか。

お前が。

ルフィはどうした。
大丈夫なのか。
こんなときに恥じらいまでが、生まれてくる。

今書いたばかりのメモを庇うような姿勢で様子を見ていると、
中に入ってきた剣士はおざなりに周囲を一瞥したが、
腑に落ちないようだった。

「見つかったか?」
「いや、気のせいだったらしい」
「そうか。……じゃあ、行くか」
「ああ」

三度気を前に向け直し足を踏み出す。
そこに声が掛かった。

「なあ。サンジ」

名を。

「あ?」
「祝福をくれねえか」
「え?」
「俺の、剣に」


そうだな。

こんな時に。
こんなになってしまって、おれたち、
なにも出来ずにここまで来てしまって、

もう照れることなんて何一つねえ。

俺はひと月前に、お前を振り切ろうとして失敗して、
それでも最後の1週間で、何とか気を収めたんだ。
会えてよかった。会えてよかったんだ。
ようやくそう思えるようになって、
だから最後は普通にしてたろ?

皆と一緒に飛び出していったお前の後ろ姿は見なかった。
後で合流するんだ、特別の挨拶は要らないと思ったんだよ。
そうだろ?これまでと同じだ、皆それぞれ、こいつが相手と決めた敵と向かい合う。

それで散っても運のうち。

俺は船からも、心の中からも、お前を追い出した。

なのに何故、戻ってきたりするんだ。

ようやく紙にだけ託すことのできた想いを、何で引っ掻き回すような真似をするんだ。

喉に詰まったような何かを感じながら、身を屈め、
白鞘の柄に口付けを落として言った。

「幸運を」

剣士は素直に目を閉じ頭を垂れて、礼を述べた後更に言い募った。
酷い話だ。

「お前にも」

丸腰の……俺に?
ちら、と膝の辺りに視線が移るのを感じて身体に力が入る。

ブーツが床を鳴らし、刀が音を立て、剣士が寄った。
同時に利き手が持ち上がり、頭の後ろに伸びてくる。

「?」

あったけえ手だな。
思った次の瞬間、脚に落ちてくるものだと思った口付けが唇に届いた。

その匂いを、前から知っていたような気がした。

一息に、涙が沸き上がる。

馬鹿野郎。
俺たちはもう、どこへも逃げられねえじゃねえか。



キスの巧い男の、尖った鼻先が離れて行った。
この、わずかのときを、輝く事実を、心の中に大事にしまいこむ余裕はない。
死がいよいよ目の前をちらついた時、頼りに出来るのかどうか、ちっともわからない。

「絶対、死ぬんじゃねえぞ」
「死なせねえよ。お前も。おれも」

片側だけが上がった口に目が行く。
俺、今、あそこに……

温かい手が今度は背中に回り、軽く促した。
まるで祝福されたカップルが新しい一歩を踏み出すようにして
扉の外に出ると、

遠くの、明るい日の差す戦場が、
歓声のような喧騒で二人を迎えた。







ラフテル手前どころかこんなところまで引っ張った!「告白してないバージョン」シリーズでした。




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