<藤靄然>



革命は不首尾に終わり、生き残った同胞は皆投降した。
その先に待っていたのは、生きるより辛い責め苦に違いなかった。

私は逃げた。

「正義の灯を絶やさぬためだ。民衆に、力を」

そう言ってあの混乱の中、副長は年若の私を説得した。砦の隙間から追いやる手は強く、顔は険しさを見せた後、僅かに柔らかくなった。
私は、怯えていたのだろうか。本当は、怖いと思っていたのだろうか。
副長にはそれが、わかったのだろうか。

私は逃がされた。


北方の同士と合流するため碌に寝ずに山道を走っていた時、唐突に政権は転覆した。
革命の力ではなく、内部からの圧力に耐えかねての崩壊だった。

突然もたらされた平和のせいで、私は全ての意味を失った。
走る意味、辿り着く意味、頼る意味、

闘う意味、考える意味、


生きる意味。




私にはもう、何もない。









歓喜の渦に巻き込まれるようにして、村で食料と、新しい服と、安らかな寝床を与えられた。

眠れなかった。
それで、まだ少し冷え込む夜の中、再び歩き出した。

もう、北も南もわからない。
どこへ繋がる道なのか、わからない。

それでよかった。


道の途中に鄙びた門があった。
ただ両側に柱があるだけの、その質素な様子には見覚えがあった。
いよいよ国中の空気がきな臭くなり、隊が背中を押されるようにして忙しなく、中央へ歩を進める途中で一旦休息を取った宿だった。

突然、体中の力が抜け、私は柱の方に手を伸ばしながらその場に頽れた。

涙は枯れてしまったようだった。ただ情けなく、哀しく、中から迸り出る想いに身体が弾けそうで、私は身を縮め、やがて疲れて砂利の上にだらしなく伸びた。

翌朝、宿の小僧が私を見つけ、親切に中へと誘ってくれた。



軒下で、花が揺れている。
長い時間が経ったことがわかった。

布団の中で眼だけを向けていると、小僧がやって来て戸を立てようとした。

「もう、日が暮れます」

それを止め、小さな手を借りて縁に出る。
目の前に迫った花は、連なり大きな房となり、さらに群れを成して風に煽られ芳香を放っていた。

突然、記憶が蘇った。

紫の霞が時と所を超え、遥か遠くにまでに繋がっていく。
山が揺れ、鳴っている―――

「この近くに、これと同じ花が咲いているところはないか」
「藤ですか? 裏の山になら、沢山、自生したのが」
「そこに店があった、昔」
「?」
「今でもあるか」
「山の中の? 星のやかな」
「あるか」
「……ありますよ」

絹糸のような髪をした男だった。

『国のため……ご立派ですね』

揶揄するでもなく感心するでもなくはっきりした口調でそう言って、静かに眼を伏せた。

その男と、約束をしたのだ。

「明日、私をそこへ連れて行ってもらえないか」
「いいですけど……お客さん、先にその眼を診てもらわないと」

眼など。一つあれば足りる。
最後にたった一つ残されていた約束を果たすことが出来る。



『また、会いましょう。この花の時季に』



晴れ晴れとした小さな顔を、いよいよはっきり思い出した。
必ず待っているはずだ。
例えこの世のすべてが自分を裏切っても、あの男は約束を違わない。

立て。前を向け。息をしろ。

男の声にそう言われた気がして、私はもう一度、胸一杯に花の芳香を吸い込んだ。
























駄目だわ。脱皮できない……でもやっぱりへたれた亭主が好き(死)


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