<手をつなぎたい> わわわわわ。 世の中セールシーズンに突入したな、なんかお洒落な食器でも出てねえか……しばらくぶりに目が覚めたような気持ちでモールを漫ろ歩いていたとき、横から急に伸びてきた生暖かくてやわらかいものに手を握られて、思わず変な声が出そうになった。 「!」 隣の男が「何か?」みたいな顔を向けてくる。 目から火を吹く勢いで睨み付け、思いっきり振り解くと、指の先がナミさんからもらったミサンガに当たった。 『モモンガ? ミミガー?』 自分は結んでもらったはずのそのカラフルな紐の意味を、そのとき本当に知らないようだった。 『おまえの分もあるぞ』 鞄を漁って漁って、やっと見つけた小さな薄茶色の袋から色違いのもう一本を手渡されたが馬鹿野郎。もったいなくて付けられるかそんなモン! 神棚に上げた。 「痛っ……て」 「なな何すんだ!こんな、公衆の面前で!」 時間のせいで、さほどの混みではないがそれでも人は流れている。 「は? あったま固ぇなあお前。世間じゃもう、男同士なんて珍しくも何ともねえんだぜ?昨今」 「世ぇ間何ざ知るかっ!俺がこっ恥ずかしいっつってんだよこのアホ!」 「んだよ、んなに怒ることねーだろうが」 口を尖らせて見せる、大きな子供。 「お前。ほんとは俺のこと好きじゃねえんだろ」 「は、お生憎。すっげえ好きだぜ悪かったなっ!」 今度は大層満足気な顔になった。 発酵十分のパン生地みたいな粘った笑顔だ。 それなら、と手が再び伸ばされる。 や、ちょっと待て。あっちからうら若きレディの集団が接近中だ。おい、集団だぞ?あれをやり過ごしてからでも遅くないんじゃねえか? な、あ、ちょ……っと! 若い割にお化粧の上手なレディたちは、だが自分たちの話に忙しく、こちらには短い視線すら投げてこなかった。 はー。 変な汗まで滲んできた自分に比べ、隣の男の手は堂々として、温かく、乾いている。 ったく。 こんなとこ歩いたってつまんねえだろうに一緒に行くっつったのはこういうわけか。 湿った手を抜いて拭こうかどうしようか、逡巡しているうちに行き付けのショップがすぐ横だ。 おおお、ビンゴ。 なかなかナイスな青いガラス器が一番目に付くところに飾られている。 30%オフはともかく、その、海と波を思わせる色に一目惚れした。 大きい方に素麺だろ。で、ちょっと小ぶりで深さのあるこっちには蒸し鶏、ってとこか。 ソースはマスタードベースで下に青い野菜を敷く。んで汁は……え。いや待て、猪口が一個っきゃねえ!1セットだけ買ったところでどうしようもねえよ。えー。ここにあるだけかな。いやセールだからな。おそらくそうだろうな。店のレディに聞いてみるか…… 隣には色のないパターンのセットがあって、そちらならちゃんと数はある。それだけ見れば涼し気で、夏の器としては十分だ。でもこの青がいいんだよな…… 真剣に見比べ始めたとき、ようやく手は離れていった。 暫くして、姿の見えないことに気付き店内を見回すとずいぶん遠くにいる。 どうやら一番端の通路から順番に、一定のペースで歩いているらしい。 どこかで足を止めるでもなくただ礼儀正しく左右を見ながら進む。 在庫を確認してもらっている間、手持無沙汰に立ち竦む自分のところまで進んできて後ろを通った時は、項にふうっと息を吐き掛けて行ったから、今度こそ蹴り飛ばしてやろうかと思ったが仕事熱心なレディがメモを片手に近付いてくるのが目に入ってやめた。 店を出ると、重い荷は横から奪われた。 恋人は、「ん」、と、さも当然のように、むしろ偉そうな感じで反対側の、迎える手を出した。 そこに、さっきより少し乾いた手を近付ける。 ぎゅっと握られた。 「うち用か?」 「ああ」 「蕎麦がいいな」 ……青には合わねえなあ。うーん。 ゆっくり歩きながら考える。 と、 少し距離を保ったまますれ違った相手が恋人に目を留め、気付いた男も足を止めた。 「あ……」 「おう!」 さっ、と手が離れていった。 「!」 山の仲間か。なんとかをそこのゼビオに見に行くところだとか言っている。 だがその話の中身よりも、今の手の力の強さばかりを考えていた。 『しまった。』 声を付けるならそれが一番近い。 まずいところを誰かに見られて、一瞬で取り繕うときの素早さ。 後ろめたい気持ちがあるときの、必要以上の素っ気なさ。 ……ハ、知らねえ人間なら平気でも、知ってるやつの前じゃやっぱり恥ずかしいんじゃねえか、てめえも。 何が世間だ笑わせる。 ガラス器の入った袋をひったくって、その場から逃げた。 自分でもびっくりするぐらい怒ったらしい。 電話、メール、全部無視した。 元々微妙に時間帯のずれた間柄だ。 まして、同棲しているわけでもない。 突然の訪問に備えて最初の2,3日は身構えたが、結局それもなかった。 なにを、怒ってるんだろう。俺。 あの手、なんだろうな、多分。 手の何だ。 メッキが剥がれて虚勢がばれた、あいつがそんなみっともない真似をしたことに? それともそれに驚いた自分にか。 怒ってるっていうか、 悲しいのかな。 よくわからなかった。 とにかくこちらからは絶対に連絡しない。 ちょうど一週間目の夜、テレビでローカルニュースが流れていた。 『日本の中心で、愛を叫びました』 ”サンジーっ!” 「!!?」 ぎょっとして、小さな液晶を振り返る。 ”結っ婚、してくれーーーーーーーっ!!!” 『優勝者には近所の農園から、“一泊付き桃狩りフリーパス券”が贈られました』 画面で見ても精悍だった。 高々とトロフィーを掲げる力強い腕。 ほかの参加者なんかイモか牛蒡にしか見えない。 ああ。 やっべえ。 と、突然電話のバイブが鳴り出した。 カウンターの上で、良く響いて、聞いたことのない大きな音を出している。 相手は、見ないでもわかった。 「……おう」 「行くだろ?桃狩り」 「……」 「出張でずっと山梨だ。お前こっち来られるか?」 「……ああ」 畑で齧った桃は美味だった。 途中クワガタが出てきて思わずダッシュして逃げて、よせばいいのにそれを奴が追ってきて、案の定迷子になってそこから先はもうぐだぐだだったが汗と涙が混ざった締めのジュースの味も、なかなかのものだった。 「やっぱこっちの桃のがいい」 ばかばかしいことを言いながら、ゾロは自分を抱いた。 触れ合った手と手が重なり、指を絡めて強く握り合う。 駆け上がって、荒い息も整わないうちに、力強い腕が頭を抱えた。 それを胸に引き寄せ、天辺に口付けて、恋人はこう言った。 「一緒に、なりてえんだ」 「……」 「なって、くれねえか」 「ゾロ……」 それからしばらくして、またモールに行った。 手をつなぐ自分たちの前を別のカップルがやはり手をつないで歩いていた。 と、これもまた偶然に、知り合いと思しき人間と出会い、その瞬間、 彼らも同じように、手を離した。 「あれ?」 フッ。横で小さく笑う声がする。 「見ろ、あれが普通だろ」 「そっか……」 「なあ、指輪とかはセールになんねえの?」 「えっ!……し、知らねえよそんなこと!」 俺も普通に三か月分にすっかな! 嬉しそうに言った恋人に、握った手を強く引っぱられ、 二人で一緒に、走りだした。 |