<夕 鳥>



高架の上を走る電車から窓の外をぼんやり眺めていると、目の下で、一羽の鳥が、左から右へと滑るように飛んだ。
巣へ帰る途中だろうか。何百羽もの群れで動く小鳥とは違うが、それでも、夕暮れ時に一羽というのは寂しそうだ。
黒い影は必死に見えた。懸命に翼をはためかせ、無音のまま、見る間に小さくなる。

その様子がある男と重なった。

温かいのに、孤高だった。大抵は独りで、そうしているのが自然だった。
みんな彼のことを好きなのに、なんとなく、周りにある隔てに邪魔をされて、一番近くまでは踏み込んでいけない。
本人は気にする様子もなく泰然としていて、時にその姿は神々しかった。
サンジは、たまたま力を合わせねばならない立場に置かれて長い時間を共にしたが、それでも、自分が特別だとは思ったことはなかった。



「好きだ」と言った。


真っ直ぐな瞳で、すべてを受け止める風情で。

戸惑って、挙句、
やめてくれ、と突き放した。

おれはおまえのことなど好きになんかなりたくない、
なってたまるか。

だって、

そんなことになったら後は、嫌いになるか、嫌われるかしかないじゃないか。
せっかく作ったふたりの歴史を、最後に穢したくはない。

胸は酷く痛んだが、これでいいんだと思った。



4年ぶりに地元に帰ってきた自分は、学生服を着ていた頃とは少し違っている。
憧れていた煌びやかな世界の扉はどこも閉ざされていて、自分を招き入れてはくれなかった。
仕方なく、あまりぱっとしない、垢抜けない場所でこれからを生きる。
おかしな話だ。世の中のことなどまだ何も知らないのに、もう十分に疲れている。
顔には幾重にも重なった翳が落ち、背はためらうようにひっそりしている。

あいつとも、どこかでまたばったり出会ったりするだろうか。
近くにいても、もう、お互いに気が付かないかもしれない。



電車が終点に着き、ドアが開いた。

地方都市に相応しいリズムでだらだらと動き、何人もの人間を先に送り出してからホームに足を踏み出す。
と―――――、


「先輩?」


少し先に、すっと芯の通った姿があった。
学ランの代わりに黒いセーターを着て、今日も、独りだった。

ちっとも変わっていない。

見開いた目と、頬に、さっと輝きが上った。
滲み出した嬉しさが目に見えるようだ。
温かい。

「帰ってきたのか」

大きな荷物の方には一度も目を向けず、自分の顔だけを見てそう言った。
おまえ、おれのこと、わかるのか。
こんなに荒んでこんなに投げやりで、こんなにいい加減になっちゃったのに?

届けられた喜びが、皮膚を通って染みこんでいく。
身体が、温かくなった。

口は開いたのに言葉が出ない。
ただ黙って、温かい繭に包まれたように立ち竦んでいる大きな男二人の横を、他の乗客が怪訝な顔で通り過ぎた。

ゾロがさっと手を出し大きなボストンを握った。
たった今乗ろうとしていたはずの電車に乗らず、「家に帰るなら送ってく」。そんなことを言って先に歩き出す。

「でもお前……どこかに行こうとしてたんじゃ……」

ようやくそれだけを言うと、

「いいんだ」

そう答えて足を止め、きちんと振り返って言った。


「お帰り」


巣に辿り着いた鳥のようなほっとした顔だった。
なんだよ。帰ってきたのは自分なのに。

可笑しく思い、笑おうとして、喉が詰まっていることに気がついた。








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