<パープルパープル> 夜通し続いたパーティから人が順番にいなくなって、結局最後はウソップとふたり、朝の空気の中、息を潜めるようにして座っていた。 ウソップは、それまでの賑やかさを全部身体の中に押し込めて、静かに、今年こそは、“決める”つもりだ、と言った。 上手く行かないのは、結局、最後の最後までとことんやりぬく勇気が俺にねえからかもしれねえ。 今度こそ考えを改めて、性根を入れ替えて、思い切って打って出る。 それで駄目なら……さっぱり諦めて、宮仕えして、そして―――― カヤに結婚を申し込む。 いつの間にか10年が過ぎていた。そうだっけ、と温かい気持ちになったサンジの前で、ウソップは苦いものでも噛み締めるような顔をした。 俺はあいつに我慢しかさせてこなかった。 親父さんに大反対されようが、俺の商売がいつまでたっても鳴かず飛ばずだろうが、泣き言ひとつ言わず、気持ちを変えることもなく、ただずっと、黙って、それで10年だ。 なあ、酷い話じゃねえか。 自信を持って「お嬢さんを下さい」と言えるようになる前にいなくなっちまった親父さんに、最後まで誤解されたままだったのが本当に悔しいんだ。だから、いつか必ず、あの世からだって認めなきゃいられねえほど大物になってよ?文句言わせねえ身分になって堂々と……そう思ってやってきた。 でも、と親友は目の端に涙を浮かべて搾り出すように言った。 もうこれ以上は無理だ。俺は肚を決める。 「ああ。お前なら大丈夫。きっと上手く行く」 低い声が、他に誰もいなくなったような世界によく響いた。 ウソップがどんな道を選ぼうと、カヤちゃんだって、自分だって、心から応援する。 それがわかっていて、その微温湯から出ようとする強い気持ちが、一日のはじまりの空気を、ぴんと張り詰めさせた。 憑き物が落ちたような顔になったウソップと別れ、開いたばかりの市場で袋一杯のオレンジを買って、家に戻った。 フラットの入り口で鍵を開けると、震える電気音が、静まり返ったホールに煩く響いた。 うわ。誰か起きてこねえといいけど。 入ってすぐ左側にあるランドレディの部屋は、いつもと同じように、少しだけ扉が開かれている。 猫のハリエットが出入りできるようになのか、それとも、人の出入りを見張っているのか。 温かい空気が流れ出している扉のすぐ内側に、ハリーが潜んでいるのがわかった。 「おはよう。マダムはまだお休みかい?」 黒い、キラキラした瞳がじっと見ている。 そのまま階段を一回りした時だ。 鼻が鋭く異常を感知した。 「? これは……!」 ガスだ。慌てて一番近くの部屋に目を向けた。駆け寄って顔を近付けると、間違いない、確かに臭いはそこから漏れている。包みを足元に置き、扉を激しく殴った。中の人間はどうした、気付いてねえのか! 駄目元でノブに手を掛ける、と、ドアはすんなり、内側に開いた。 「?」 暗くてよく見えない。だが、ここが自分のところと同じような間取りなら、キッチンは奥だ。 「おい!誰かいねえのか!」 自分の声だけが虚しく響いた。スイッチを入れるのは拙いかも知れない。とにかく、とハンカチで鼻と口を覆い、朝日が真っ直ぐに差し込むその場所までいくと、すぐに事情が飲み込めた。 床にパーコレーターが転がっていて、火が消えている。 慌ててガス台の摘みを戻し、そっと窓を開けた。 朝の空気が厳しく入り込み、頼もしい速さでその場を浄めていった。 光溢れる場所から振り返ると、リビングは一層色を落としていて、殆ど何も見えなかった。 ここの住人は?どこに行ったんだ…… 束の間逡巡していると、目の先で真っ黒な影がもぞ、と動く気配があった。 そこか! ガスの量は中毒を起こすほどではない。全く気が付かないというのはおかしかった。 大声で怒鳴りつけた。 「おい、お前何やってる。起きろ!」 つかつかと歩み寄り、それでもまだ輪郭のはっきりしない身体に目をやってから、窓際に進む。 途中何かに何度も足を引っ掛けながら、漸く辿り着いて大きくカーテンを開いた。 !? 光を入れたはずなのに、部屋の中は暗いままだ。変に思ってすぐに間違いに気が付いた。 暗いのではない。 黒いのだ。 何を……? 壁が全部真っ黒に塗られている。それだけではない。何を血迷ったか、そこに掛けられた額や置かれている家具、果てはその上の写真立てまでが、ぶちまけた様に乱暴な様子で、黒いペンキを浴びていた。いや、実際にぶちまけたに違いない。天井にも、黒い飛沫が飛び散っている。 さっ、と音を立てて血が落ちた。 犯罪、―――かもしれない。 これだけは元々黒かったのだろうと思えるソファがあって、その前に男が横たわっていた。 ! 被害者か。空になって散乱するいくつものペンキ缶と、刷毛やローラーの合間を縫って近付く。 「おい、どうした、しっかりしろ!」 男の着ている白かったはずのシャツも、外に出ている腕も酷く汚れていた。 ? とするとこれをやったのはこいつ……? 混乱してくる。ガスとは……どう結び付く。 必死に頭を回していると、斑に染まった顔の中でうっすらと目が開き、すぐにまた閉じた。 警察か、救急か。 我に返り助けを呼ぼうと胸元を探った動きが、よろよろと上がった手に止められた。 「だい、じょうぶだ……」 ぎりぎり聞き取れる声で、男が言った。 いや、全然大丈夫じゃねえだろう。思いながら、つい、屈み込んで抱き起こす。 おかしな感覚だった。 大きくて重い身体なのに、どこか虚ろな感じがする。 ソファに背を預けると、男は大きく息を吐いた。 注意深く見る。血は流れていない。こちらに飛び掛ってくるような気配も、ない。 「ガスが漏れてたんだよ。だから、勝手に入って止めた」 「ああ……すまない……」 話も通じているようだ。 そこで初めて気が付いたように、男が改めてサンジを見た。 「……お前、は?」 「上の部屋に住んでる。お前はここの?」 男は頷き、そうか、それは悪かったな、と呟くと、ごつごつした両手の中に、顔を埋めた。 「何があったか知らねえが」 「……」 「具合が悪りぃんなら診てもらった方がいいんじゃねえの」 「いや、おれは……」 その時、男の腹が大きな音を立ててぐーーっと鳴った。 「?」 「……」 「お前」 「?」 「腹が減ってるのか」 「……どうかな。よくわからない」 今度はサンジが大きな溜め息をついた。 まさか……ぶっ倒れてたのはそのせいなのか? 火を使うのはまだ躊躇われた。入り口にオレンジを取りに行き、その足でもう一度、用心しながらキッチンに入る。 「へえ」 思わず声が出た。落ち着いてよく見ると、全体的に、隅々までよく手入れされている台所だ。 全く使っていないのとは違い、フライパンも、鍋も、シンクも、丁寧に洗われ、磨かれている。 爪を当てると、ナイフの刃もきちんと研いであるのがわかった。 落ちたままだったパーコレーターを拾い、コンロの上に戻した。 勝手ついでに適当に皿も取り出し、剥いたオレンジの身を乗せて、男の元に戻った。 「ほら」 「?」 「喰えるか」 げっそりと肉の削げ落ちた顔をあからさまに引き攣らせて男は驚き、それから諦めたように、皿を見て、サンジを見て、そっと指を伸ばしオレンジを摘んだ。 まるで珍味でも味わうかのように、ゆっくり、男はオレンジを噛んだ。 「うまい……」 ? そうか、まだちょっと早いかと思ったが、よかった……な……え? 男の両目にじわりと涙が溜まり、みるみるうちに、それが大粒の雫になって流れ落ちた。 「??」 やっとのことで一欠片を飲み込み、男はそこで大きく鼻を啜った。 どうしよう。 何が起きてんだ。 そんなに美味いのか?このオレンジ…… 慌てて自分もひとつを口に放り込む。ああ、確かにこれは当たりの方かもしれないが、それにしても。 時々啜り上げながら、残りを全部食べ終わると、男は小さく頭を下げた。 「ああ、いや……まあ……」 何を言ったらいいのかまるでわからない。咄嗟に、紙袋を指差して言った。 「よかったらこれ、喰えよ。ここに置いて……」 「友達が死んだんだ」 「えっ!?」 「俺が……殺したようなもんだ」 「……」 待ってくれ。そんな話を俺に?今?ここで? 立つに立てなくなって、仕方なく付き合った。 もうすぐ1年になるのに、今になって急に、自分を責める気持が強くなった。 詳しい事情を知る人間は一人もいない。 自分の行為が、許されるのか、どうなのか、判断できる人間が一人もいない。 砂色の地に草花をあしらった壁紙が、友を失くした現場によく似ていた。 それを…… 目の前から消してしまいたかった。 精一杯弔って、亡霊を心の中から追いやりたかった。 でももしかしたら、 ――――命を投げ出すつもりでいたのかも知れない。 心に鉛が生まれるような話を、男はただ思いつくままに語り、聞かせた。 まあ仕方ねえかと思った。 今日は店も休みだし、おれは「打ち明け話」をされやすい質だ。 訥々と続いた話が漸く終わり、男は落ち着いたように見えた。 「そうか。よく話してくれたな」 言うと男はまた驚いたような表情を見せた。 「後でまた様子見に来るから。少し休めよ。な」 全然そんなこと言う立場じゃねえけど、とこれは言わずに置いて、立ち上がろうとした。 意外に長い時間が経っていたのか、固い床に座り続けていた尻が痛む。それを庇って床に突いた手首を取られた。 本当に来るか? 熱い指の間から声が聞こえてくるようだ。 「何か作ってきてやるよ。俺、コックなんだ」 瞳に光が宿り、力が満ちた。綺麗な――翠色だ。 男は頷き、そっと手を離した。 よく考えたら自分だって眠りたいとこだ。 ああ、何だってこんなことに。 久々の休みの計画は、全て繰り延べだ。1週間違ったらこの時期、花の様子はまるで変わってしまうだろうが仕方ない。 在り合わせの材料でリゾットを作り、もう一度階下に戻り扉をノックした。 返事がない。 さっきと同じようにノブに手を掛ける。すんなりと開く。 鍵は掛けねえ主義なのかなあ…… 「おい、……」 声を掛けようとして、名前も聞いていないことに気がついた。 部屋の中は空っぽだった。 出るときはソファの前にいた男がいない。 ほんとにお節介極まりねえ、と自覚しながら隣の部屋を覗いてみる。 男はきちんとベッドに入って、汚れた顔のまま、今度こそ熟睡していた。 子供のように、固く目を閉じ眠り続ける姿が微笑ましく見えて、サンジはその場に湯気を上げるボウルを置いて、出てきた。 次の朝。隣の部屋の前に、紙切れの入ったボウルが置いてあるのを見て、サンジは声を出して笑った。 「ごちそうさまでした。201 ロロノア・ゾロ」 はいよ。ロロノアさんね。曖昧に言った俺が悪かったよな。 「どういたしまして。302 サンジ」 メモをテープでドアに貼って、仕事に出かける。 3日後の夜、突然ノッカーが鳴った。 帰ったばかりだった。覗き窓から見ると、? ちょっと感じが違うが件の――ロロノアだ。 迎え入れながら言った。 「おう、どうした、もう……」 ? なぜか手に特大の花束を持っている。しかも全部バラだ。 一体……? 「この間は世話になった」 「はは、気にすんな」 「あの、これ……」 重そうな花を包んだ紙がかさかさ鳴った。 「え?」 俺に? それを? 軽く30本はありそうな……真紅のバラの、花束を? ぶはっ…… 我慢できず、つい、噴き出した。 「?」 「悪りぃ……でもよ……」 「??」 「まあ、いいから入れよ」 この間の、もう今すぐにでも死にそうな影は見えなかった。 顔色はまだ少し蒼いが、足取りはしっかりしている。 なによりあのキッチンだ。きっと自分でちゃんと、自分の食い物くらいどうにかしているのだろう。 もう、大丈夫なんだな。 思って嬉しくなった。 色々迷ったんだが、段々、何がいいのか分からなくなってきちまって。 ぼそぼそ言うのを笑いを噛み殺しながら背中で聞いて、大きな花瓶に全部一編に生けた。 「あと、これ……」 おお。そっちは素直に嬉しい。結構値の張る、いいワインだ。 早速適当に摘みを作って、せっかくだからと二人でテーブルを囲んだ。 「お前、結構帰りが遅いんだな」 「ひょっとして待たせたか」 「何度か来てみたけどいなかったから」 あれを持って、階段を行ったり来たりしたのか……想像してまた噴き出しそうになった。 ゾロは(そっちがファーストネームだった)、サンジが身体の調子を気遣いながら作り上げた料理をひとつひとつ全部褒めながら、この間の話には一切触れず、代わりに、ぽつぽつと自分の身の上などを語った。“公務員”で、海外が長いという。自分の修行時代と重なって、意外にも色々な共通点が見つかった。 「こんなところで、不思議なもんだな」 「ああ」 「まるで旧友に遭ったみてえだ」 友、の一言にゾロの顔が瞬時翳を見せたが、構わず続ける。 「俺たち、どこかで会った事あったっけ」 「だとしたら覚えてるはずだ」 「?」 「お前なら、一度見たら忘れない」 ちょっと……何を言ってるのかな、この男は。 思わず顔が熱くなった。 お互い少し、呑み過ぎたな。 「また来ていいか?」 帰り際にそう尋ねたから、でもお前と俺じゃ、生活リズムがずれてるんじゃねえの?と言うと、重ねて「迷惑か」と聞いた。答えになってねえなあと思いながら、「いつでもどうぞ」と返すと、強面が、花が咲いたみたいな笑顔になった。 ! 胸を衝かれたように思ったのは、 やっぱり酔いのせいに違いない。 それから週に1度か2度、ゾロは土産を手にやって来るようになった。 本当に“リズムが合わない”時は最初のときのように、ドアの前に何かしら、メモ付きで置いていく。 ある時、いつものように何気ない話をしながら一緒に食事をしていると、「しばらく忙しくて家に帰れない」と言った。職場の場所は何となく勘でわかる。それほど離れていないから、なんなら店の方に来てくれよ、と誘ってみた。 数日経った昼時に、ゾロはやって来た。 生憎狭い店の中は混み合っていて、碌に話もできないうちに、追い立てられるようにしてゾロは出て行った。 次に来たのはティータイムだったが、カウンターには常連が集まっていて、そのうちのひとりの就職相談に乗っていたサンジは、やはりまともにゾロの相手が出来なかった。 それきりだった。ゾロは二度と、顔を出さなかった。 「しばらく」というのがどれくらいの長さを表すのか、サンジにはよくわからなかったが、いつの間にかすっかり生活に馴染んでいた“会食”が途絶えると、その時間にぽっかり穴が開いたようになって、さすがに少々物寂しかった。 部屋の前を通るときはいつでも気にしたが、ゾロの帰っている気配は無かった。 まさかとは思うが、おかしなことにはなってねえよな? 心配して、扉に鼻をくっつけてみたこともあった。 なんの臭いもしない。 今度はきちんと、鍵も掛かっていた。 休みになり、気が向いてまた朝市に行き、あの時と同じ、オレンジを買った。 戻ってきて、しまった、と思いながら、無遠慮なベルの音にまた身を震わせる。 マダムモーラの黒猫、ハリエットと密かに視線を合わせ、何から何まであの時とそっくりだな、そう思ったからそのままゾロの部屋をノックした。 足音が聞こえた。 「サンジ!」 無事な姿に、不覚にも涙がこみ上げた。 「なんだ、帰ってたのか」 「今だ」 「え」 「今帰った」 ゾロのやっている“公務”には機密が多い。自分などには言えないこともたくさんあるはずだ。 そんなことは、分かっている。でも…… 「よかった」 「?」 「また、倒れてんじゃねえかとちょっと心配した。大丈夫なんだな、じゃあ……」 ぐい、と手が引かれ、そのまま温かい腕の中にしっかりと捕らわれた。 「?」 ややあって、ゾロがゆっくりと身体を離した。 「悪い……つい」 ちっとも悪く思っていない顔だ。 くすっ。 小さく息継ぎのように笑ってみる。 不思議なことに、なにひとつ、不自然な感じはしなかった。 部屋の中は見違えるようだった。 家具は全て取り替えられていた。 「コーヒーでいいか」 キッチンからゾロが聞いた。 「ああ」 結局パーコレーターも壊れちまったからな。簡易版で悪りぃな。 スーツ姿で甲斐甲斐しく立ち働くのを申し訳ない思いで眺めてから、もう一度確認した。 壁は黒いままだったが、もともとそういう部屋だったように見える。 カーペットも新しい。見上げると、僅かに天井の端に、痕跡が残るだけだ。 写真立てに入っていたのは誰だったのか。 もう、知る術もなかった。 キッチンから戻ったゾロが、不意に息を呑んだ。 「?」 慌てた様子でカメラを持ってきて構える。 「そのまま」 「え?」 「撮らせてくれ」 言われるまま、黒い壁をバックに、きょとんとした顔を何枚もファインダーに収められた。 「見ろ」 興奮した様子でゾロが液晶を見せた。 「?」 「綺麗だろ……」 確かに、黒と金のコントラストは際立っている。 これだけはどうしても、塗り替えられない。 戒めのつもりかもしれない、とゾロは言った。 でもそんな、俺の不始末の徴の前でもお前は、 ――――十分に気高いんだな。 ゾロの手が耳の上に入り込み、髪を掬った。 そのまま顔が近付き、唇が重なる。 「?」 そっと力が増して開かれそうになり、慌てて言った。 「コーヒーが!」 「?」 「入ったんじゃねえ?」 今度はゾロが、声を上げて笑った。 家には帰れなくても、何とか時間見つけて店に顔出せばいいのに。 結局2回しか来なかったじゃねえか、と少し咎めるように言うと、 みんなに囲まれて楽しそうにしているお前を見るのは面白くない。 こうやって、少しの間でも、ふたりきりになれるのが嬉しい。それが、いい。 そう、ゾロが言った。 お前は人気者なんだな…… “人気者”?……そうだな。 言われて改めてサンジは思った。 店にはひっきりなしに、色んな人間がやって来る。 訪ねて行けば、いつでもそこにいる。いつでも、誰にでも、分け隔てなく、頗る優しい。 そう言われ続けた。 おれは……みんなのもの。だがそれは、つまりは誰のものでもないってことだ。 『サンジ君は、誰かひとりのものに、ならないでよね?』 あれは呪いの言葉だったのか。 誰も、その結界を破れねえまま長い時間が過ぎた…… 俺はみんなに好かれ、みんなに頼られ、最後にはみんなに放り出された。 「何て勿体無い」 「……」 「だが俺に取っちゃあラッキー以外の何ものでもない」 「ついに勇者が登場か……」 「ああ。魔物に勝って、お前を自分のものにする」 「これから闘うのかよ」 「そう思ったが、意外にも、旨いワインで懐柔できた」 ハハ……笑いながらゆっくりと抱き合う。 ゾロが、ベッドルームに繋がるドアを開けた。 それからしばらくして、ゾロは漸く壁を塗り替えた。 「黒はやめる。でも、お前の髪が映えるぎりぎりの暗さは保ちたい」 そう言って選んだのは深い紫だ。部屋中を染め上げたオーベルジーヌを見て、サンジがぽつりと言った。 「そういえば、おれ、小さい頃のあだ名はチビナスだった……」 その色の前に髪だけでなく膚も際立たせて立つサンジに、ゾロは近寄り、そっと抱きしめて言った。 「ここで一緒に暮らそう」 サンジは大きく息を吐き、頷いた。 倒れているのを助けるのがほんとに好きなんですね、自分。(笑) |