<停 (とまり)>



バスが来るまで20分。まだ4時なのに、これが最終だというから改めて笑える。
そんな田舎だよ。

それでも、屋根付きの小さな待合所にはゴミの一つもなく、ベンチは古かったが、良く磨かれていた。

他に人はいない。

一旦腰を下ろしたサンジは顔を上げた。
最後なんだし、ちょっとその辺歩いてくるかな。いや……いつもとおんなじ景色が見えるだけか。
っていってもこの辺りはほんとに麦ばっかなんだな。畑が広いや。

見事な一面の金の波……
同じ色の自分の髪を、褒めた男の声が浮かんで消えた。

やめとこう。


床に顔を向け考えた。
パティとカルネはちゃんと手紙を見つけてくれるだろうか。
ジジイは……怒るんだろうな。
長く住んだ場所だが仕方ない。ほかにどうしようもないのだ。



鄙びた村ではあるが、国境が近く、軍隊の駐留する基地がその外れにあった。
総員は二年ごとに入れ替わるきまりで、その度に、新旧の隊員、村の重鎮を招いた盛大な顔合わせが、村随一のレストラン、バラティエで行われるのが常だった。

今度の中隊長は村長の遠戚だということだ。いつにも増して盛り上がる宴席の最中、忙しくテーブルの間を回りながらメインの雛壇に目をやると、随分毛色の変わった男が新隊長の横に鎮座しているのが見えた。
若くして数々の武勲を立て、今では少尉に収まっている。後からそう聞いたが、自分と大して歳も違わないように見え、晴れがましい席があまり得意でないのか、きちんと座ろうとしている努力が裏目に出て、全身から剣呑な空気がわかりやすく滲み出ていた。

面白いやつだ。思っていると向こうもこちらを見て、何となく目が合った。


その後、偶然渓流釣りで出会ったとき、男は山間の畑が素晴らしいと言った。

「麦だ」
「そうか。見たことなかった。俺の村では稲が主だから」

今頃はまだ、真っ青だ。
そう言う男の眼は、遠くの故郷を思い出しているようだった。

「お前の髪みたいな?」

なんとなく、男の心をそこから引き戻したかった。
男は振り向き、面白そうに笑い、そしてもう一度、今度は楽しそうに向こうの山を見ながら「ここはお前の頭に似てるじゃないか」と言った。

「綺麗だな」


水の音に乗った男の声は、静かだったが真剣で、何か重大な決定を伝えるために発せられたようだった。
サンジは、暫く呆然として、それから急に照れ臭くなって棹を入れ直した。

暗くなり、どうせ同じ方向なら、と乗ってきたバイクをジープの荷台に乗せ、バラティエまで送ってもらうことになった。

「食ってくか?」
「そうしたいが時間がない」
「へえ。少尉殿にも門限があるのかよ」
「ない。だからこそ俺がきちんとしないと示しが付かない」

堅物……
だが悪くない。

「じゃあな、有難う」

恋人ならここでキスするよな。何故だかそんなことを思い、代わりに拳をぶつけ合う。


それから休みの度に少しずつ、男はバラティエに顔を見せるようになった。
釣りの話をし、サンジの休みに男が合わせて、二人で出掛けるようにもなった。

中隊の撤退まであとふた月という時。
村長が三つ揃えを着てやってきて、ゼフを個室に連れ込み密談を始めた。
最後まで黙っていればいいのに、サンジがコーヒーを運び終わり、退室しようとしたところでつい口を開いた。きっと、話が決まって安心したせいだろう。

「なんせあと二か月しかない。まずは早々に日取りを決めんとならんな」
「ああ」
「よかった。娘も喜ぶよ」

さっ、と後ろから水を浴びせかけられたような気がした。

何かと言っては連むのが好きなこの村の若者たちは、サンジのことを、よく誘いに来る。
歳が近いために、最初から同じように親しく声を掛けられた男も、何度か村の祭やハイキングに同行したが、やはり大勢の中に入ることがあまり好きでないのか、サンジと二人でいるときよりも、どことなく居心地が悪そうに見えた。

その大勢の中にいた村長の娘が、最初から熱い眼差しを男に向けていたことに、気付いていなかったわけではない。後がないとわかって、想いが迸り出たのだろう。驚いた村長は、まず父親として慌てて見せたあと、すぐに政治家の顔を取り戻して冷静な計算を始めた。

村長の娘と国軍のエリート。
普通なら少々偏ったと見える組み合わせだが、そこに「上司の圧力」を足せばとんとんだ。

村長、娘、中隊長と少尉。食事は恙なく始まったが、メインの皿を下げる時、男の顔付きは着任式の時よりも固く強張っていた。
戦場ではこんな表情をすることもあるのだろうか。
そんなことを思ったりした。

そのまま、サンジとは一度も視線を交わさずに男は出て行き、それきり店には姿を見せなかった。
あっという間にひと月が過ぎ、婚約式をやることになったらしいと聞いて、サンジは、男がこの話を受け入れたことを知った。

式の場所は、他に選びようもないここバラティエに決まっている。
大勢のお客のために急いで酒を仕入れ、食材の手配をし、何種類ものメニューを考え、店を飾り付け、殆ど夜通しで料理を作り、ケーキを焼いて、皆に祝福される二人を見て……

「おまえ、それでいいのかよ」

親友のウソップが固い顔でそう言ったが、いいも悪いもねえさ。
他にどうしようもないんだ。

なのに今朝、ついに身体が思うように動かなくなった。
もう無理だと思った。


おれひとり、おれひとりいなくなれば綺麗に収まる。
だから。


背中を支えていた力が抜け、手からライターが零れ落ちた。

拾おうとさらに低く身を屈めた時、目の前に影が差した。
こんなときに。でも、ずっと顔を上げなければわからないだろう。

男が。涙なんか……

!?

影が迫り、目の前にカーキ色のコートが見えた。

「ゾロ?」

冷たい手袋の指が顎に掛かり、サンジは目を開けたまま、初めてのキスを受けた。

「……?」
「行くぞ」
「えっ?」

腕を取られ、立ち上がる。

「行く? って……」
「早く乗れ」

エンジンを掛けたままのジープは、バスの行くはずの方向とは逆を向いている。

「サンジ!」

名前を呼ばれるのも初めてかもしれない。

「でも」
「他に……方法が思いつかない」

荷台にスーツケースが乗っているのを見て悟った。

そうか。
そうだな。


行くしかねえ。

サンジは顔を拭って、助手席に飛び乗った。






















ゾロに何か考えがあると思う人。はーい。
(少数派か)



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