<another>







視界の端を過るその色が気になるのは、
白刃が弾く光に似ているせいだと思っていた。


気が付くと見ている。

見るとそこには、眩しい笑顔や、面白い眉毛や、地獄の使いのような顔があって、
深く沁み込む声とセットで誰かと何かをやっていたり、
あるいは、唯の仏頂面が右から左へ進むところだったりしたが、
取り敢えず何度も、性懲りもなく見続けた。

そのうちに見られている方がさすがに気付いて、ぎり、と睨み返してくるようになって、
それからはその色の気配を感じ取った瞬間に、顔を背けることにした。



眠っていた。

光が走り、反射的に覚醒して息を止め、柄を巻き上げ鯉口を切る。
花火が散るような殺気が―――たちまち霧散した。

洗濯籠を抱えたコックは眉を寄せ、だが何も言わず、先へ進んで洗いたての
シャツを干し始めた。

穏やかな音を伴って揺れる甲板に悠然と立ち、青い空に挨拶するように大きく両腕を伸ばして、
シャツをハンガーにかけ、手早く形を整えピンチで挟む。
背中を向けてんだからいいだろう、とそのきびきびした動作を遠慮なく後ろから観察した。


相変わらず脚が長ぇ。


こうしていると想像もつかないが、戦闘の時にはこれが驚くほど大きく弾み、
空中で撓り、敵に突き刺さる。
慣れないうちはつい見とれて、迂闊にも隙を作ったほどだ。

捲り上げた袖から伸びる腕は逞しく、そしてやはり長い。
締まった手首。その先の指……まともに働いてきた人間の手だなと思った。


シャツが気持ちよさそうに、風にそよぎ始めた。

1、1、1、2、3……

青い縞、からし色、薄緑……ウソップが昨日着てたタンクトップ、それと、船長が寒い時期
ずっと寝間着にしていた無地の白Tシャツ。

ゾロの分は、なかった。


作業を終えたコックがつかつかと近寄り手を出してきた。

「はい、見賃」
「あ? ミチン?」
「誤魔化すな、今最初っから最後までずっと見てただろうが」
「?? 目の前にいんだからしょうがねえだろ、何言ってんだ」
「見たくなきゃ見なきゃいいだけの話。ったく刀まで抜きやがって……なんなんだてめえは!」

何で怒ってんだ。


「……俺の周りをうろうろすんな」
「あぁ!!?」

斬っちまうかも、知れ、ねえ……と続けようと思っていた言葉が、
サンジの顔に浮かんだ表情を前に、続け様に、喉の奥で行き場を失くした。

「!?」

ステップを下る弾丸のような靴音にはっとして振り返り、それからもう一度、
今見た物を思い起こす。

何で―――あんな顔、してんだ?




部屋に戻り、ダンベルを持ち出す。

シャツはきちんと枕元に畳んであった。
いつも風呂に入るついでに洗い、適当なところに干しておく。
それくらいのことは自分でやって、今まで、サンジに限らず他の誰にも、
触らせたことはなかった。






夜になり、急に海が荒れた。
航海士は、大丈夫、それほど大きな嵐ではない、すぐに抜けるわよと言い、
それを聞いた船長は普段通りに大食して、部屋に下がった途端、鼾を掻きだした。

なるほど風は徐々に収まり、執拗に叩き付ける雨だけが、収まったと思うとまた激しくなったりを
繰り返していた。
どうせ遠くは見えないから見張り番は免除ね。
そうも言われて、みんなそれぞれ好きなことをしていた。


ひとり、コックの姿だけが見えなかった。

こんなときに、まさか非常食でも作ってやがるのかと酒取りついでにキッチンを覗いてみるが
そこにもいない。

気になって格納庫まで足を延ばす。

と―――

サンジは扉のすぐ脇で、黒スーツに包まれた身体を抱きかかえるようにして蹲っていた。

足元に、空になった酒瓶が二本。


「なにやってんだ、てめえはこんなとこで」
「!」
「あーあー。摘みもなしでこんなに呑みやがって、悪酔いすんぞ?」
「ばか、どっか行け!この唐変朴」

髪がランタンの灯を受け鈍く輝いていた。
またそこに目が行く。

と、眩しい光がそれを打ち破り、ほぼ同時に大音響が轟いた。
サンジがぎゅっと身体を抱え直す。
よく見ると、それが震えているのがわかった。

「雷が怖ぇのか」
「……ほっとけっつってんだろ!」

冷える時期なら毛布を重ねて頭から掛けてやるところだが、
今は夏島の海域に入っている。

ゾロは隣に腰を下ろした。

「何だよ。近付くんじゃねえよ」

はあ。
軽いため息が出て行った。

「てめえがそう言ったんだろうが!」
「あー、悪かったよ、昼間は。誤解だ」
「……」

!!

またひとつ、今度は閃光を感知する前に空が裂け、続けて重低音が耳を襲い、
衝撃で船が揺れた。


思わず飛び上がったサンジを追って立ち上がる。
行き場がなくなり、船の揺れに合わせてよろけたのを片腕で支えたら、背中や肩の、
予想外の骨の出っ張りが胸を突いて、そのまま引き寄せ両腕で抱き締めた。



「……」
「……」

「離せ」
「……」



再び座り、自分の持ってきた方の酒をちょびっとだけ床に置きっぱなしの杯に注ぎ、
残りをそのまま呷る。

サンジは、杯には目もくれず、また膝を抱えて顔を伏せた。

何も言わず、ただ並んで座って、時をやり過ごした。
時折、稲光が走り空が鳴るたびサンジが身を硬くし、ゾロは腕を伸ばして
それを抱えてやりたいと思ったが我慢した。


やがて雷は遠のき、いつもの波の音が戻って来た。
いつの間にか、サンジは寝てしまったようだ。
首がことりと落ちてきて、自分で気が付き慌てて元に戻す。

「何すんだ、ばか!ふざけんじゃねえよ」

ゾロは苦笑して、一人呑み続けた。

また頭が落ちてきた。
今度は何も言わず、そのまま重みを掛け続ける。


不思議な気がした。
あの脚の、声の、光の気配の持ち主の、

吐く息の音は
意外に小さい。


聞いているうち急に眠くなってきて、
ゾロは自分も目を閉じた。










目を覚ますとサンジはいなかった。

代わりに毛布が掛けられていて、何となく寂しく思ったゾロは、
それを丸めて腕の中に抱き、

欲情した。



毛布にか?
馬鹿な。

ゾロは息を弾ませながら「そういうことか」と納得して、
その後何だか嬉しくなった。











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