*

「まま?」
「なあに?」
「お空が変だよ」

小さな女の子が指差した先の空は。
穏やかに晴れ渡る、美しくも曖昧な水色の中そこだけが、真っ黒で、見るからに不穏な感じの雲に覆われていた。
よく見れば巨大な渦を巻いているようにも見える。真ん中は仄かに明るく……青い色が強くなり弱くなり。
稲妻か。そこを破って時折鋭い光が走った。

「あれはたぶん――」
「うん」
「お空の神様がね。怒ってるのよ」
「なんで?」
「さあ……でも早く帰りましょう」

母親はほんの僅かな不吉を嗅ぎ取って、娘の手を取ると家路を急いだ。

それから数時間後。
雨の気配は少しもない初夏の午後、突然、凄まじい雷の音が辺り一面に鳴り響いたかと思うと、路地裏でたむろ
していた男達のすぐ傍に、それは現れた。
不意に、急接近するけたたましい音に気付き、その正体を確かめるより逃げるのが先だと慌てた直後に、何かが
すぐ近くに衝突し、大音量を放った。足元が大きく揺れ、着弾点とその周辺がバラバラに破壊されて飛び散り、
辺りを舞う。
一番近くにいた男は偶々最も身のこなしが素早く、ギリギリのところで巻き添えを食らわずにすんだ。

「うおっ」
「なんだなんだっ!」

この辺にあるのはただの雑居ビルばかりだと思っていたが、その一つにこんな大掛かりな攻撃を受けるほど物騒な
事務所でも入っていたのだろうか。狙われたのはどこなのか。続いて二弾が来るのだろうかと、五人いた全員が
身を庇うと同時に、それぞれに頭を巡らせた。
低くした姿勢のまま全員が達した結論は、「どうやら落ちたのはゴミステーションの木箱の上らしい」「爆弾だ
と思ったが火が上がらない。不発弾かもしれない」というのに一番近かった。しかし。真上から降って来る爆弾
なんて(確かにそれは頭の上から落ちてきたように見えた)あるのだろうか。今時戦闘機か。恐る恐る見上げたが
当然もうそれらしき機影は見当たらない。

不発なのではなく、さては、ガス弾か? 既に無味無臭の有毒ガスが、じわじわと体の中に浸透を始めているのだろうか?

男達は日頃の行状によく合った、大層物騒なことを色々と考えながら徐々に頭を上げ、ぱきぱき……こつん、と
最後の欠片が落ち、白い煙が静まるまで、腕の陰や指の隙間から行儀よく、未確認物体の落下地点を凝視し続けた。


〈物体〉は、爆発も、毒ガスの放出もしなかった。

だが、その代わりじっともしていなかった。

〈物体〉は、生きていた。


男達の、唾を呑む音さえ聞こえそうなほど静まり返った空間で、もぞ、と動き出したそれは、やがて、自分の上に
覆い被さった瓦礫を払い落とし、ゆっくりと起き上がって、男達を見た。

男達は改めて絶句した。
目の前に忽然と現れたのは。

現れたのは。

現れたのは……



何なんだろう?


互いに顔を見合わせ、見えていることの確認を、素早く、無言で取り合う。「俺だけじゃねえな?」「お前にも
見えるんだな?」「幻じゃねえな」「トリップでもねえか」「よし」


これは……
―――― 人?



んーーーーー……んあっ! あっ?
人が気持ちよく寝てるっつーのに突き落としやがったのは、何処のクソだゴルアー!!
――あ? ちょっと待てこりゃホントに落ちてねえか? つーか落ちすぎ! ベッドの下じゃねえ! さては……
クソジジイ、ホントにやりやがったな! くっそ〜ぅ。クソクソクソ! あー痛ぇ。つーかなんなんだよ、これは!
身じろぎをして、ゆっくりと、まず両腕を突っ張ってみた。痛いのは打撲のようで、取り敢えず骨は無事らしいとわかる。
よかった。
そのままそろそろと背中を持ち上げると、体の上に乗っていたものが落ちた。途端、変な感触にぞっとする。
急いで手を回してみた。

固い……。

心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。まさかそんな。
痛む首を懸命に捻って覗き見る。
翼のあるべきところに―――石が生えていた。
……あの野郎の仕業だ。俺様自慢の美しい白羽を、こともあろうにこんな、味も素っ気もないモンに変えやがった!

慌てていつものように広げようとしてみた。二、三度力を入れたがぴくりとも動かない。それどころか、その重さに
バランスを崩し、後ろにひっくり返りそうになった。

余りのことに、うっかり涙が出そうになった。

確かに、喧嘩の度決まって、「いい加減にしろよ、そのうち本当に下界に落すぞ」と脅されてはいたが、所詮は口だけ
と高を括っていた。まさか本当に、やるなんて。それだけでなく大事な翼にまでこんなことを。立ち膝の格好でがっくりと
肩を落とし、動かない翼をついまた動かそうとしてしまい、その瞬間、穴の開きそうなほど胸が痛んだ。
とにかく立ち上がろうと腕を壁に突っ張り身体を支え、片脚を立てた途端、今度は別のショックがあった。

チャラ。

足首に太い枷が嵌っている。慌てて反対を見た。同じだった。その両方が長い鎖で繋がれている。

何てことだ、何てことだ、何てことだ!

立ち上がりながら、今度は身体の奥底から激しい怒りが猛然と沸いてきた。あの野郎、どうしてくれよう。
帰ったらただじゃおかねえ。だが、一体どうやったら、帰れる? どうしよう。どうしよう。こんなとこで……
誰か教えてくれんのか!? 興奮と不安が混ざり合い、濃すぎる空気のせいで不規則になっていた呼吸が一層不安定になった。
周囲をぐるっと見回す。どうやら何かに突っ込んだようだった。自分が吹っ飛ばした残骸をよく見れば―――
ゴミ? ハッ、上等じゃねえか。ぴったりだよ。

精一杯悪ぶっても心の痛いのは変わらない。


人の姿になった〈物体〉は、はーっとひとつ溜息をつき、大げさに肩を落として片手を額に当てた。ごそごそごそごそ、
胸の辺りを探って「ちっ!」と吐き捨て、そこで初めて目の前で固まっている五人に気付いた。

「お」
「な……何だおめえはっ!」

凝固した観衆の一人はそう言うのがやっとだった。
聞かれた男が立ち上がる。

「俺?」

男は着衣の裾を、勿体つけるように両手で軽く払って一歩前に出た。

ぴぷー♪

「俺はサンジ」

その瞬間、大丈夫か、と一応労ろうとした男達のやさしさが吹っ飛んだ。向かってくる人間は大丈夫どころか、
稀に見る強い殺気に満ち満ちている。結局攻撃か!

「好きなものは喧嘩とセックス。畏れ多くも勿体無くも、〈愛とエロスの国《天国》〉から、わけあってやって来た。
つーか、来ちまった。わかったか?」
 
サンジと名乗った男の一言ごとに、凝固組の顎が揃ってカクカクカク、と前に出る。

「わかったら、さあ……」

なんだ?

「跪きな、人間ども!」






恐ろしい間だった。
ありえない。
割と立っ端のある身体。その上部にある割と小さめの頭。そこにある口から、低く艶のある声で浪々と言い放たれた言葉。
次々と脳にファクターを流し込むが、それがちっとも統合されてくれない。ややあって、五人組はまたも互いに顔を見回した。
五身一体、「なかよし」と言ってもいい。僅かの間に意思の疎通が完了した。流石だ。
五人は、改めて目の前の物凄い不審人物に立ち向かう、そう決めたようだった。あれだけの衝撃の後に出現したくせに
どういうわけか怪我のひとつもしている気配がない、その上ものすごい怒気を孕み、それをそっくりこちらに向けている妙な格好の男。

「どっから来たってぇ?」
「どこの店だよ」
「店なのか?」
「《天国》っつわなかったか」
「聞いたことねえな」
「新しいランパブかぁ?」
「いやランジェリーじゃねえし。第一どうなのよこれは」

五人にもう少し「ある種の」教養があれば、男の衣装が〈寄宿舎の寝間着風〉だということをすぐに悟ったことであろう。
風に吹かれて裾がなびいた。膝頭が覗き、すらりとした脛に目が行く。

「何ぐちゃぐちゃ言ってやがる」

ぴぷー。

「なっ!」
「俺様のこの高貴な風情と美しい翼を見てわからねえか」

ぴぷ、ぴぷー。


しかし男達の目に入ったのは翼ではなくその足元のアヒルさんスリッパだった。ふっかりとしてくちばしは赤く、
潤んでいるように見えるつぶらな瞳。〈サンジ〉が歩を進める度に、忠実に、カワイク鳴いた。

「「「「「ぎゃーーっっはっっはっはっはっ」」」」」
「なんだそら!」
「お笑い系かよおい!」

はっ!
一人が笑いの輪から抜けて真顔に戻った。

「病院?」
「え?」
「そこの! 丘の上の病院から抜けてきたんじゃねえの?」
「あの窓に柵のあるあそこかよ!」
「そりゃやべえんじゃねえか?」
「救急車呼べよ!」
「いや? 案外ヤクかもしんねえぜ」

冷たい声が新たな推測をして、その途端、ぴりっと緊張が走った。男達の顔付きが変わる。

「ラリってるようにぁ見えねえが」
「だからだよ。新手だ」
「俺達の知らねえヤクか?」
「ほう。そんなもんがここに?」
「そりゃマズイんじゃねえのか」
「ああ。大いにマズイだろ」
「誰からお買い上げになったどういうヤクなんだか、ぜひお聞きしねえとな。なあ天使様?」
「なんだよそりゃ」
「天国から来たんならそうだろう」
「ま。神様よりは近ぇか」

男達が、がはがは笑いながら、等間隔を開けてサンジをぐるっと取り囲み、それぞれに、胸に手を突っ込んだり
両ポケットに手を突っ込んだりした。



サンジはいらついた。何故この人間達は、ナマ天使様であるところの自分を見ても平気な顔をしているのか。
自分のことを天使と呼びはしたものの、どうも本気の匂いがしない。わけのわからないことをぐちゃぐちゃと言うばかりで、
尊敬の念を見せるどころか、なんだ? そりゃ喧嘩の体勢か? 天使相手に。勝てるとでも思ってんのか。やっぱり人間ってのは噂通り―――、

「アホばっかだな」
「なんだとう!?」
「やんのかコラ」
「頭の不自由なヤツでも容赦しねえぞ!」
「可哀想なヤツでもだ!」

サンジは黙ってアヒルの頭を地面でとんとんした。

「人間の分際で天使様に歯ぁ剥くたぁいい度胸じゃねえか。てめーらこそ。どうなっても知らねえぞ?」

チャラ……ぴぷー。チャラ……ぴぷー。

胸の辺りが燃えるようだった。頭はしゅんしゅんする。畜生あのジジイ。血は繋がってねェにしても、それでも! 
十分愛されてると思ってたよ俺ぁ。実は信じてたんだぜ。なのに、なのに。結局俺よかパティやカルネのがいんじゃねえか。
今頃みんなで腹抱えて笑ってるに違ぇねえ。畜生! こんな……下世話なとこに。こんなとこに俺を! ほんとに堕っこと
しやがってっっ! しかも寝込みを襲う卑怯っぷり! 絶対ぇ〜〜許さねえからな!
今すぐ取って返して全員まとめて風車蹴りの餌食にでもしてやりたいところだった。ジジイにはとんとんだろうが、
今なら少なくとも負ける気はしなかった。今なら本気が出せそうだった。クソ! 

でも出来ない。
丁度いい、代わりだよおめえらは。

チャラ……ぴっぷー。

息苦しさが気のせいではないことを自覚していたが、そんなことに構っちゃいられなかった。深呼吸して全員を睨みつける。
一、二、三、四、五。真ん中のがアタマだろう。その脇と一番左がその次辺りか。残りは雑魚だ。

チャラ。

足元ではないところから別の鎖の音がして、静寂は断ち切られた。ヒュッ! 空気を斬ってヌンチャクが振り下ろされる。
お。先鋒は雑魚! いいねえその心意気! 片脚で受け止め強く引く。よろめいたところを蹴り倒し、武器を首に巻き付け
きつく締め上げてやった。

もう少〜し短けぇ方がいいぜ? これは。

反対の端から飛んできたナイフは難なく避けた。金髪が僅かに靡く。

「おっと。俺様のナイスなヘア〜が欲しかったのか? すでにファンかてめえ」

ウォーッと叫びながら懲りずにまた突っ込んできたのを回転して流し、そのまま蹴り落とす。
鎖のせいでいつものように脚が上がらない。
畜生畜生! 悔しくてまた涙が出そうになった。
でも負けねえ! 絶対ぇ負けねえ! 何もかにもに負けやしねえぞ!
怒りを瞬時にフリーズドライして肚に収める。覗いた片目にその残滓が燃えて、ギラギラと輝いた。

寝間着な上にアヒルさんスリッパの、変な男にあっさりと二人がのされたのを見て、残りのチンピラの顔が強張った。

「なあんだたいしたことねえなぁ、やっぱ人間ってヤツは」
「んだと」
「それともおめーらが、たまたま、特に駄目なのかぁ?」

気持ちよかった。やっぱりこういうときは喧嘩に限る。喧嘩最高。にっこりと笑ったところで突然頭が揺れた。

うお? 何?

視界がぶれ、飛び掛かってきた男が二重に見える。
それを必死にかわし、反射的に片腕を突いて蹴り飛ばす。
しかし腕が崩れた。相手は吹っ飛んだが、リカバーに時間がかかる。

ちっ。息が旨く出来ねえ。

その隙を巧みに突かれて一人に後ろ手に回られ、残りの一人に前から殴りかかられた。後ろの腕ががんがん首を締め上げる。

はっ! 苦しいって! 空気濃すぎんだよ!

すっきりと空いた腹に思いっきり相手の一撃が入った。

ごふっ! パンチも重い〜〜。

「舐めやがって」
「やっちまえ」

回された腕を必死に振り解き、前から来る次の一発をクロスガードしつつローキックを放つ。アヒルさんのカワイイお尻の
すぐ傍にあった古傷がパクッと口を開き、出血したが、構わずに前に出て、下がり気味の相手に二発目をお見舞いする。

はぁ。はぁ。

さらに一発、と思ったところをまた後ろから羽交い絞めにされた。馬鹿力に動きが取れなくなる。

「この野郎」

劣勢に傾いていた男が、足を引き摺りながら近寄ってきた。
無表情で冷たい目。瞬時に身を固くする。
顔の横からひゅっ、と飛んできたのは平手だった。
乾いた音がした。……屈辱。

「アニキ」
「ヤクじゃねえなどうみても」
「じゃあ潰しちまっても?」
「ああ」
「でもよく見りゃ綺麗な顔してやがる。大山さんとこにでも連れてきますか」
「あぁ? それもめんどくせえな。頭は間違いなくイッちまってるみてえだしよ?」

二人は、静かになったサンジをここぞとばかりたっぷりと、ねめつけた。

「てめえ。さっきの勢いはどこ行った、あ?」

完全に形勢逆転だった。
ドコッ、ドガッ、と立て続けに重いパンチが入る。堪らず足が折れた。倒れたところを踏まれ、蹴られる。
土埃とゴミの残骸と、血溜まりの中をのた打ち回った。


ああ、俺の……アヒル……どこ……


その時遠くでサイレンの音がした。

「ちっ」
「邪魔くせえ」
「行くぞ」
「コイツは?」
「ほっとけ。死ななきゃそのうち帰んだろ、《天国》とやらへ! はっは!」

ぎゃははははは。
畜生。消化しやがったな。勝ったつもりでいやがるな。待てよ。まだ終わりじゃねえ! 逃げるんじゃねえ!!
だがどれも言葉にはならなかった。 
ク、ソ……待て……待てっつったら……待ちやが……れ。ああ……寒ぃ……




















ゾロが仕事を終えたのはいつもと同じ、空気の温み切った午後だった。市場から表通りに出た途端、まだ五月だと
いうのにすでに真夏のように図々しい日差しに刺されて、思わず空を見上げ、つい鼻を鳴らした。

叶わねえな。そのうち、この時期はもう「夏」ってことになんじゃねえのか?

「梅雨」はなくなり、長い長い夏の間にあるただの大雨の時期(代わりの名前は「雨期」でどうだ)に取って代わられるに違いない。

狂ってやがるんだ。

ゾロは今年の鰹の不漁を思った。このまま行くと近いうちに、この国の人間が食える魚は消えてなくなるのではないか。
暗い裏通りに入ってその涼しさに思わずほっとする。目を上げて、 少し進んだところで思わず足を止めた。
ビルの前に瓦礫の山。こんなところで何が起こったのか、 大きなコンクリートの破片が重なり合って落ちている。
チンピラ同士の喧嘩の跡にしてはちょっと物々しすぎた。ゾロは辺りを見回した。誰もいない。同時に、こんなに
大きな欠落のある建物も見当たらないことに気付いた。
だとしたらあの瓦礫はなんなんだ。

誰も、何の関心も払わないつもりのようだった。
ゾロもそのまま歩き過ぎようかと思ったが、ふと、そのコンクリートの塊が僅かに動いたような気がして、思わずもう一度
視線を送り、近寄った。

ガラ……

確かに、動いている。そのまま凝視し続けた。

「ん……」

なんだ! 人がいるじゃねえか!!

ゾロはすっ飛んで行って、その塊を持ち上げようとした。

「いててててててっ、何する!」
「大丈夫か!?」

不思議なことに、さほど重そうには見えないコンクリートは、持ち上げられずにゾロの手から滑り落ち、さらにもぞもぞ
動き続けて、それからその下敷きになっていた身体が、金色の頭とともにゆっくりと持ち上がった。


光のせいだと思った。
暗さに慣れない目の錯覚だと。


金髪は男のように見え、そしてどうみてもコンクリートはそいつの背中にくっ付いている。
勇気を持って言えば、〈生えて〉いる様に見えた。
対になった、繊細な彫り物のある、変わった石……
焦点の定まらないような目で、しばらく両手を突いてぼーっとしていた男は、やがて言った。

「ああ、クソ」

男は、ぽかんと口を開いたままのゾロの前で、大儀そうな様子で立ち上がろうとしたがふらついて、諦めて座り込んだ。
胸元を探り、もう一度「クソ!」と毒づくと、向き直って言った。

「お前、煙草持ってねえ?」

ゾロは、すかさず逃げようと思った。頭の中で割れんばかりの警報音が鳴り響いている。
だが、何かに足を押さえつけられ動くことができない。勿論、言葉などはひとつも出て来はしなかった。

「なあ?」

重ねて問われてゾロがしたことは、何故か、大急ぎで男の後ろに回りこんで、背中の石を再び触ることだった。
手のひらに丁度収まるぐらいの厚みがあるそれに手をかけ、思いっきり引き剥がそうとした。

「痛えな! 何すんだよっ!」
「「!!?」」

二人同時に凄いスピードで顔を回すと、睨み合って絶句した。

「何なんだこれは!」
「てめえ、見えんのか!」

火花を交わす勢いで同時に叫ぶ。

「何がだよ!」
「マジかよ!」

また同時。

「ああもう順番に喋ろうぜ、わけわかんねえ!」
「「俺が!」」
「「……」」


激しい息遣いが二人の間で渦を巻いた。

「埒開かねえな、仕方ねえ、ジャンケンだ、いいか、じゃーん、けーん――」

男がそういって拳を振ったのに合わせて、ゾロが「ぽん!」と言いいながらグーを出すと相手は言った。


「俺はサンジ」


あ、クソ! ズル!


「訳あって天国からやって来た」

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