着いた島には街がなし。
船の前には砂、その向こうには鬱蒼とした暗い森、という具合にただ延々と超自然が広がるだけだったが、
今や別段珍しいことでもない。
船長は、ナミが段取る前に既にひと探索終えていて、たった今、手に何か食料を持って帰還したところだ。

「いやうっめえよ、これ!」

ルフィの口に入って美味くなかったものは、ゴムゴムの実とジャヤのチェリーパイ位のものではないのか。
だがナミは、こんなところでため息をついたりはしない。
さくっと無視して、残りの男どもを睥睨した。

知らないうちに、年長組は出かけることに決まったようだった。こちらも既に。勝手に。
いつの頃からかこの集団は、こういう時それぞれが、特に相談もなく自然に役割を遂行するようになっていた。
時の流れがふと姿を濃くし、また紛れていくのを感じて、ナミは顔を右から左へ向ける。

「レッツ、狩勝負アゲイン!」

コックが金髪をやや暖かい色に輝かせ、ゾクゾクするような声で叫んでいる。
緑髪と激しく視光線をぶつけ合いながら、同じテンポ同じ歩幅で、今まさに、仲良く並んで船を下りようとしているところだ。
互いの顔をしっかり見つめ合いながらの器用な足運び。
ナミはここでもやはり、ため息をついたりはしない。
スタン、と軽い音を立てて砂に降り立ったコックの後から剣士も続くが、こちらは靴とか足とかではなく、代わりに
その大仰な武器を鳴らした。その様は、手元で鍵束をジャラジャラ鳴らす、カッコつけた兄ちゃんを、時々思い出させる。

「よーしそれじゃあわかってんな。どっちが肉何トン取れたか勝負だ」
「上等だ! おめえには絶ーっ対ぇ〜〜〜〜獲れねえやつをごっっっそり持ってきてやるから楽しみに待ってろ!」
「あ? 何で付いてくんだよてめえは」
「あぁ? おめーだろ」
「並んで歩くんじゃねえよ、うっとうしい」
「だからおめーだ、っつってんだろっ!」

ギャー!!!!
突然コックが叫び、思わず喧嘩相手の方に十五センチほど身を寄せた。おののく視線の先に小さな蜘蛛を発見し、
剣士がせせら笑う。

「わかった。さてはてめえ、ひとりだと怖ぇんだろ。ひひ」
「はっ!? バッカじゃねえの? てめーこそ俺にひっついて、迷子から始まるめんどっくせえ騒動を、未然に防止して
んじゃねえのかよ、この横着モン」
「んだと?」
「お、なんだ、やんのか」

ここまでで、やっと二十メートルほど前進した。
海岸から森までの道はまっすぐで、辺りには遮るものもなく、二人の声はバカでかい。自然、他のクルーは船の上から、
その一部始終を漏らさず聞くことになる。
お約束だとはわかっていても、それでもしっかりと聞いてしまう、景気付けというか、時間始めのチャイムというか。
よくもまあ厭きもせず、そうは思うのだが、それでも、聞いていればその内容が時とともに少しずつ変わったりもして、
案外面白く感じているうちに、その掛け合いは二人の顔や姿同様、いつの間にか全員の皮膚の下にまで浸透しきっていた。
声が、ぎゃんつく喚く顔だけを残して消え、その姿がすっぽりと森に吸い込まれると、散らばっていたクルーの中から、
まずナミがそれを見送る位置に進み出て叫んだ。

「チョッパー!」
鋭く呼ばれて、薬草探しに出かけようとリュックの中身を確認していた医者は飛び上がった。
「な、なに?」
「ここに、潤滑性物質を含有、もしくは放出するような植物は!?」
「え? なに、そんな、急に聞かれても俺、あの、その」
「なあに言ってんの! 医術には即断力こそ肝要、ぱっと聞かれたらぱっと答える! そうこうするうちにも患者の出血は
止まらない、ぐずぐずしてると死ぬわよ!!」
「えっ! あっ!」
「どうなの?」
「潤滑? えーとあそこの、アロエによく似たあれなんかどうかな、茎を切ると中からジェル状の」
「もう宜しい!」
「えっえっ!?」

燃える眼差しの下で形のいい唇がにやりと広がった。

「じゃあアタシは、《今日》に一万ベリー」
「あら……そうかしら」
いつの間にそこにいたのか、長身の気配を完璧に消して、ロビンが忍び寄っていた。
「下が地面じゃ、コックさんが嫌がるんじゃないかしらね」優しい目をして涼しく微笑む。
「私は、《今日でない》に一万ベリー」
「オーケー。ウソップ!」
ああ? なんだよ、とトンカチを持って表れた狙撃手と、まだその場でビクついていた医者が否応なしに引っ張り込まれ、
船長に至ってはもはや意志すら確認されることなく、全員の名前がナミの賭け帳に記載された。

「これでよし。落ち着いたら何だかお腹すいたわね」
おどおどしながら出て行った医者の後姿を見ながら、ナミが明るく言った。
キッチンを覗くと果たして、ちゃあんとおやつが布巾を被ってスタンバっている。
「あら。さすがコックさん。それじゃ私はコーヒーを入れるわ」
端からこんなプリミティブな空間にはさして興味もないレディ達は、軽やかに笑いあって、それでも甲板にテーブルを出し
テーブルクロスを大きく広げ、爪の磨き具合を確認したりしながら、髪を風に靡かせ、優雅にハイティータイムに突入した。
興味はなくとも、それなりに、気持ちはいい。

「今晩……サンジ君が戻ってこなくても、なんとかなるわよねぇ」
「ええ」

明るい声に応えて、考古学者がやわらかく微笑む。
ロビンの淹れるコーヒーは、サンジのと比べると少し苦いのだが、その味を、ナミは嫌いではなかった。
風に揺らされオレンジ色の髪が頬に掛かる。
それを厭わず両手に持ったカップを見つめ、軽く身体を丸める姿は、天才が、将来の夢を大事に閉じ込めているようにも見えた。
しばらくそうしていて、それからナミは顔を上げるとにっこり笑い、残りを美味しそうに飲み干してから、
思い出して一人残ったウソップを呼んだ。

inserted by FC2 system