車は赤い土の中をひた走っていた。
砂煙の向こうでは既に太陽が大きく裾を広げ、ゆったりと浸るようにして、
同じ赤の我が家へ帰っていこうとしている。
空に残された、荒れた土地には不釣合いなほど豊かで優しい色合いを、
ゾロは暫くの間眺めていた。

その顔をゆっくりと戻す。

と、突然砂の先に深い森が現れた。
同時に横の男が「着いたぜ」と呟いたのを聞いて、ゾロは安堵して思わず
小さく息を吐いた。今日漸く聞くことの出来た二言目だった。ゾロは忘れて
いた男の声を思い出した。
運転手というのは大概が無愛想と相場は決まっているが、今日ハンドルを
握る男は中でも極め付けだった。空港から出てきたゾロを迎えるでもなく、
運転席に座ったまま顔すら向けようとしない。お陰でゾロは自力で、言われ
た通りの車を見つけださねばならなかった。男はゾロが近付いても碌に身
動きもせず、ぼそりと短く名前だけを確認した後はずっと、一言も喋らなかった。

今回はフライト自体が長かったから睡眠は十分だ。
地面に足を付けたときから、頭は既に覚醒していた。
男が道々、これから出向く村やゾロの探す獲物の情報を多少なりとも与えて
くれれば好都合だったが、無愛想を通り越して不機嫌にさえ見える男に取り
付く島はなかった。仕方なくゾロは寝た振りをして、横から、男の腕に大量に
彫られた刺青の柄を一つずつ丁寧に眺め、自分の知っているものと知らない
ものに分けて、知っているものについてはいつ、どこで見たのかを詳しく思い
出したりして時をやり過ごした。

ふわ〜ぅあ。

生欠伸を噛み殺すついでに過激な考えが頭を過ぎる。
――思い切ってやっちまうか。
一見粗野だが、これで案外可愛く啼くかも知れねえ。どうやって隙を作らせる
か……男を襲う段取りを一から組み立てシミュレートしてみる。ともかく車を止
めさせるのが先決か。トイレ休憩……ガソリンスタンドのガの字も見えねえな。
その辺の草むらに誘い込むか。誘ったところでのこのこついてくるような玉じゃ
ねえか? 具合が悪くなった振りでもするか……。
無表情を装った顔の下であれこれと考えを巡らせる。だが練りに練った計画が
ほぼ出来あがり、最後に成功率がどれくらいかという計算に入ったとき、突然
飽きた。
腹いせに、あからさまに値踏みするような視線を向けてみたが、男は微動だに
しなかった。
気が削がれる……。
仕事の前に、余り良くない状態を自ら作り出してしまった。
ゾロは軽く鼻を鳴らし、結局、眠くないのにうとうとした。

車が止まった。
ゾロは黙って軋む扉を開け、乾いた土に降り立った。
男はエンジンすら切ろうとしなかったが、今度はご親切にもゾロの顔を真正面か
ら見た。
「じゃあ、かっきり一週間後の同じ時間に」
意外にも慎重に付け足す。やはり繊細なのだ。
「ああ」
「最大五分」
「あ?」
「何があってもそれ以上は待たない」
男は腕の時計を見ることもなくそう言った。
「……わかった」
もし遅れたら?
自分は永遠にこの地に留まることになるのだろうか。
鋭い視線を向けながら、ゾロは男の表情を探ろうとした。
だが、サングラスをかけた男の思いは読めなかった。
ゾロは諦めた。
引いたブーツが小さく土を鳴らすのと同時に車は悲鳴を上げ、あっという間に見え
なくなった。

土煙に頭からすっぽりと覆われたゾロは、それが男のささやかな仕返しだろうか
と考えて、視界が晴れるまでじっとしていた。
最初に目に入ったのは、車路からまだ大分離れたところに立つ大きな樹だ。まる
で炎を吹き上げているように見える。目を凝らすと、それが枝一杯に咲き誇った花
だとわかった。
あそこが村の入口なのだろう。
ゾロは、薄暗闇の中うごめく見事な枝振りを感心した面持ちで眺めると、そこを目
指して真っ直ぐに歩き出した。







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