<marimo 2006>













ああ。
キモチいい揺れが、ついに収まり出した。

辺りは真っ暗で、この電車が確かにレールの上を走っている、
それだけしかわからねえけど。




ホラ、

終点だぜ。






「お気をつけてお降り下さい。」




ん? 今確かそう。
優しいね、この車掌さんは。






ホラ着く。
もう着く。

そう言われても実際はもうほんの少しの間、この暖かな揺れに身を委ねていられる。




ああ。
だけどもうホントにお終いだ。



ホラ、明るくなってきた。
ホームが……見えてきた。



起きろよ、


ゾロ。







そんな、イヤ俺は寝てねえよ?みてえな顔したってダメだって。
ばっちり開けたつもりの目が半分だって。
さっきしっかり目撃したんだよ。

洋服の上に縦に乗っかってるてめえの寝顔。

レアだぜ。



そう思ったけど、何だか写真撮るのも浮かれてるみてえでイヤだから止めといた。



それどころか、
ちょっと、

触ることすら躊躇っちまうような、





綺麗な顔だったよ。








わ、俺たち一番最後じゃねえか。
早く降りねえと、ホラ、颯爽と乗り込んできた熟年レディが睨んでんぜ。


「ごめんなさい」

俺たち別にこのまま引き返そうっていうんじゃないんです。



世の中に出ると、謝ってばっかりだ俺は。





長い長い長いエスカレーターの端に足を踏み入れる。


普段だったらずんずん歩く俺たちは、
長めのエスカレーターでは左端に乗る。

まずゾロが乗って、

次に俺が乗る。

間を空けず、すぐ下の段に。


右側を通り過ぎる人間たちは、
忙しすぎて、

俺たちの方には目もくれない。


前のヤツは決して振り返らない。


後ろから来るヤツは、
大抵の場合、

俺たちから大分離れたところに、乗ろうとする。





だから俺たちはこの長い長い上昇の間、







ずっと手を握り合っていられる。






右側を、

長い髪のレディが小走りに駆け抜けた。



俯いて、

休日の昼前だっていうのに、ばかにきっちりした格好で、

難しそうな顔をして。



どうしたんだろうな、何かあったんだろうか。
恋の悩みか、それとも仕事のことかな。

そんなに若くて美しいのに。
可哀想だ。
よかったら俺の店に来ないかい?
君のために腕を振るった一品を作って、
それでもし俺でよかったら、の話だけど、

言ってくれれば何でも相談に乗るよ?


ねえ、


と動き出しそうになったところを上から伸びた手が引いて止めた。





んだよ。


何も言ってねえじゃねえか。






済ました顔で、一心に前を見て、

全身黒の上に緑の頭だけを目立たす奴。
左耳のピアスですら、三つも付いてるってのに霞んじまってる。

頑固な男。








お。今度はママンとちっちゃいレディか。

どうでもいいけどママン、ちょっと危ねえんじゃねえのかな、
そんな急ぎ足で、ママンはともかくチビちゃんの方が、
もう、付いてくるのがやっと……、

あっ、

躓……


大丈夫か。

ああよかった。



ああああ、
そんなに怒んねえで、ママン。



おっと、だけどちっちゃいレディも流石だ、
叱られンのは慣れてるとでもいうのか、

きりっとお口を結んで、いーい顔してやがる。
あ〜。惚れるねどうも。


タタタタタ。



通り過ぎてちらっと振り返ったチビレディにバイバイ、と手を振ると、


レディは口の端だけでにまっと笑って見せた。







頼もしい。






何だか嬉しくなって満足の笑みが零れた。



と、また前のヤツがちょいちょい、とサインを送ってくる。

なんだよ、何もしてねえだろうが!




ゴッ、

と思い切り頭突きをかますと、

普通のヤツだったらひっくり返る程度の衝撃だったにもかかわらず、



前の体は微かに揺らいだだけで、
直ぐにまた元の直立不動に戻った。












お前。

おかしいよ。





そうやって真っ直ぐ立って。



その左手さえ普通にしてりゃ、

後ろの男の手なんか握ってなきゃ、


ホントに普通のヤツだよ。



例え頭が緑でも耳ピアス三つでも。





それが一体何を間違えたんだか。



















……馬鹿なヤツだ。








4年の月日が過ぎても尚、


未だににそう思う。





はーっ、しょうがねえ。





んなこと言いながら、俺は俺で今年もまたケーキ焼いちまうんだし。






そうだ!

マッチ探してこよう、緑のヤツ。
んでもって軸が黒のヤツ。


それを蝋燭の代わりに立ててやるよ今年は。

何か違わねえと面白くねえだろ?
毎年毎年飽きもせず誕生日にケーキって。







エスカレーターが昇り切って、
何時もだったら自然に離れる手が今日はやけに纏わり付いて、

最後は固い指輪どうしがかちりと音を鳴らしてからようやく解放された。





「じゃあな」


声を掛けるのは決まって俺で、



「ああ」


ぼそりと答えるのはアイツの方。




だけど今日はちょっと、階段の手前で立ち止まったりしてるのがわかったから、
ふと振り向き、


小さく笑ってやった。





すると突然、




その顔が電気でも点いたように明るくなって、
そのままくるっと振り向き階段を二段飛ばしに駆け上がって行ったから驚いた。

コートの裾がひらり、ひらり……

まるで蝶か蝙蝠みてえに翻る。








ったく。

一体何考えてんだか。





ま、なんでもいいや、


今日も元気で、






帰って来い。















end





(*関西圏の方は左右を逆に、読み替えて下さいね。)














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