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三ヶ月ほど前、ベッドの中シーツから身体半分出した格好で、ゾロが不意に言った。
「なあサンジ」
「あ」
「ほんのちょっとでいい、俺に、お前の時間をくれねえか」
「時間? 何に包んで? リボンは何色で?」
「……冗談言ってるわけじゃねえんだ」
下を向いていた視線が上がり、まっすぐにサンジを捉える。
「一週間。いや五日……駄目なら三日でもいい、俺にくれ」
「……」
「それを聞いてくれたらもう、二度と他の頼みごとはしねえから」
「…………」
ゾロの中指と薬指がすっと伸びて、サンジの耳の下を撫でた。
その、あやす様な仕草とは程遠く、下から見上げる顔は、意外な厳しさを湛えている。
何を賭けてる……
今までどんなにサンジが忙しくても、「休め」と口に出したことは一度もないゾロだ。
それをいきなり三日とは。いくらなんでも極端すぎると思った。
「店、空けたくねえのはわかってる」
「……」
「わかってて言ってる」
「…………」
めったに見せない必死さに、一年と少し前の、手を思い出した。
病院のベッドで点滴を打ちながら、サンジのシャツを引いて放さなかった。その、思いを、
どうしたらいいのか、投げかけられた、その気持ちに、自分はどう応えればいいのか、
サンジは分からず、押し潰されそうな思いで、ただその横に座っているしかなかった。
いつまでも上手い答え方が出来ないサンジの方を、それでもゾロは見続けてくれている。
少しずつしか近寄れない自分を、決して無理強いすることなく、ただじっと。
それが。
三日とは。
自分のレストランを開いて以来ここ数年の間、従業員のための休日はあっても、オーナー
であるサンジ自身はまともに休んだことはない。
店をそんなに長い間連続で閉めるのは気が進まない……というより、恐ろしかった。
かといって、全てをパティたちに任せるのも未だに何となく、不安だ。
思いは揺れた。だが、考えた末、何かに押されるようにして、結局サンジはOKを出していた。
その途端、ゾロは太陽のような顔でにっこりし、サンジを、包み込むように深くもう一度抱いた後、
サンジの寝ている間に出て行って、サンジが起きた十分後に電話をよこした。
「いつ頃……いつ頃取れる? 休暇」
休暇?
ああ……そうだった。
寝癖の付いた頭を軽くかき回しながら、サンジは「うー」とか「あー」とか曖昧な返事をした。
「あ、そうか、まだ店行ってねえか、そうだよな。それじゃ、後でまた電話するな!」
がちゃ。
「あ」
勝手に切れた電話をつくづく眺め、サンジは息を吐いた。

クリスマス、年末年始、バレンタインと、なんだかんだ言いながらこの時期この国の行事は
連続している。
それぞれに合わせ店内を演出し、メニューを作り変えなければならなかった。
集客のため、というよりは、来てくれるお客(特に女性客)が心から喜んでくれるよう、精一杯
努力するのがサンジの生き甲斐なのだ。
休みのことなど、考える暇も趣味も持ち合わせないのがこれまでだった。
だが、いいよといった割には煮え切らず、五日、十日と返事を延ばすうちに、ゾロの様子が目
に見えて変わっていった。
催促の電話を寄越したはずが、じっと押し黙ったままでいたりする。顔を見れば、眉間には
深い皺が刻まれ、その色は青白く、声は聞き取れず、しまいにはサンジの手料理すら残す
程になった。
俺はコイツを殺しかかっているのかもしれない―――
ついにそう判断したサンジは、漸く、卒業シーズンの少し前のこの時期に休みを設定したのだ。
「二月の末頃ならまあ」
そう告げた瞬間、具体的な日にちを上げてきたから、もうそれでいいと返した。
週明けからなら、なんとかなるだろう。ただし、火曜から店休の水曜を挟んで木曜までの
三日間。気は進まないが、やはり休むのは自分だけにして、後は任せようと思った。
万全の準備をしていけば何とかなる……はずだ。
来年のカレンダーを探したが見当たらず、カバンの中から手帳を引っ張り出して片手で
ぺらぺらめくり、サンジは確認した。
その晩、ゾロの手や腰は驚くほどソフトで、サンジは改めて、ゾロが返事を待つ間ずっと
抱えていた不安の深さを思い知った。

そして二週間ほど前。
ちょうどバレンタインデーに店宛に届いた封筒の中から航空券が現れて、サンジは盛大に
仰け反った。
「海外かよ!」
三日で!
しかも行き先は……
ロンドンじゃねえか。
ゾロは、予定がしっかり決まった後は、その三日間をどうするのかはっきりしたことは言おうと
しなかったし、サンジもサンジで、「やる」と言った手前、自分の方からわざわざ確認するのも
変だろうと、放っておいた。
激しく失敗だった。じんわりと脂汗が滲む。
突飛だ。
いくらアイツがミスターサプライズだとしても限度がある。片道半日往復一日、成田行き帰りと、
前後の、普通の、ヒトとしての睡眠時間諸々の分が一日、引き算することたったの一日、それ
を時差ボケベースで!!?
拷問か。
さては別れる気か。大げさな。
それとも……ひっそり殺してテムズ河にでも投げ込むつもりか。
だが俺の保険金の受取人は誰だ。ジジイだろ。おかしいぞ。
いや待て?
まさかとは思うが……
実は飛行機の中でヤりたい、とかそんな、どうしようもない、エマニエルな理由だったりするのか……
にしちゃあ十二時間はちょっと長すぎるがしかし、あいつのことだ、ないとも言い切れねえ。
もしもただ単にそれだけの理由だったりしたら、今すぐ俺の方が殺してやるが? とサンジは
厚みのある綴りをぎゅうっと握り締めた。
握り締めながら、パスポート……後どれくらい残ってたかな? と考えている自分に気付いて、
いやそうじゃねえだろうと正気を取り戻す。大体、切れてたらどうするつもりなんだ、すっ飛んでって
申請して来なきゃ間に合やしねえ。
強引だ。
これをハイハイ聞いてしまっていいのだろうか。
しかし連絡を取ろうにも、当のゾロは今も海外出張に出てしまっていて到底捕まらない。
さては……謀ったな。
気が付きはしたが、追求は不可能だった。






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