王はサンジを、国の重要な会議にも出席させるようになった。

チャカとペルがいなくなって以来、他の家臣の中にも同じように追放されたり、
自ら辞めたものがかなりの数いたようで、卓を囲む人数は、国を司る王を支える
にしては明らかに少な過ぎる。
しかも案の定、と言うべきか、その数少ない家臣の半分以上が、サンジにあからさまに
冷たい目を向けた。
それでも、身の縮むような思いで、厳しい表情の王の隣に肉の落ちた身体と冴えない色の
顔を寄せ、落ち着かなさに腰を半分浮かせながらも懸命に耳を傾けていたお陰で、
漸く、サンジにも少しずつこの国の現状がわかってきたのだ。


少し前のことになる。

あるときから、急に国全体の土地が少しずつ枯れてきたのだという。
豊かに実っていた作物の収量は激減し、国の援助にも限界があって、食べられなくなった
領民たちは次々に国外に流出していった。
人がいなくなれば土地はさらに荒れ、死んでいく。
何が原因なのか、降雨が取り立てて減ったわけでもないのに、残った農民がいくら
工夫に工夫を重ねても収穫は回復せず、どんな学者が頭を捻ってもその原因はわからなかった。

このままでは国が滅びる。

誰もがそう思い打開策を考えようとした。
そして――、

これまでに幾度となく頭をもたげかけては潰されてきた意見が、再び取り沙汰される羽目になった。



「今こそ《プルトン》を発掘すべきだ」



遥か昔、かつてこの国が初めてこの地に勢力を伸ばしたとき、時代は戦いの真っ只中で、
ここバラティエ王国の初代国王も、幾つもの敵対国を撃ち滅ぼした結果、漸くこの地を平定
したのだった。
皆がここを狙って集まってきたのは、単に領土を広げ国力を高めようとした為だけではない。

ここには古い言い伝えがあった。

この土地の地下深くに―――夢の資源《プルトン》が眠っている……。
ひとたび掘り出せば、純粋な資源としての活用は勿論、軍事目的での使用を始め様々な
応用の仕方があり、それを得た国は世界中の莫大な富を独占できる……いや、世界そのものを
牛耳ることが出来ると言われてきた。
バラティエの初代国王も、無論それを知り、その取得を目論んでこの地に攻め入ったのだ。
だが、長く続いた戦乱で、
国王が失ったものはあまりにも多かった。
硝煙の中、屍の山を見下ろしながら、王は固く誓ったと言う。
「今後一切、プルトンの発掘は行わない」
夢、などとは思い違いもいいところだ、
人がそれを思う限り、醜い争いは止むことはない。


プルトンは、

死の資源である。


初代王はこれを心に刻み、忘れぬように石にも刻み、
プルトンが眠るとされる「ユバ」の地に建てた。
それ以来、その誓いは代々の王に忠実に受け継がれ、プルトンを捨てたバラティエは、
弱小ながらも堅実な農業国家として栄えてきたのだった。
長い間その名は、はっきりと口にすることすら憚られていたが、それでもやはり時折、
欲に目の眩んだ愚者たちが、ときたま憑かれたように、それを掘り出しきちんと国の
ものにするべきだと訴えることがあった。
その度に国の良心がそれを諫め、宥めすかして事なきを得てきたのだ。

だが、今度こそ国家存亡の危機、背に腹は替えられぬと急進派は改めて発掘を主張した。
そのことで国が救えるはずだと期待するのと同時に、バラティエがプルトンの発掘に着手
すると言う事実が、世界政府に対しても、周辺諸国に対しても、ある意味での牽制になりうると
予想したからだった。
だが王は頑として譲らなかった。

「あれに手をつけたら最後、この国どころか、世界そのものが滅びてしまう。なぜわからぬのだ」

世界政府にならその重要性が理解できるはず、と王は何度も書状を送り、国の保護を訴え、
最後は自ら足を運んだ。
だが、事態は一向に好転しなかった。
一方で、信義を貫くために、例えどんな腹心であっても反対派は放逐せざるをえなかった。

俺がぐーたらしている間に、そんなに大変なことに……

話を理解し、遅ればせながら青くなったサンジは、背凭れの高い固い椅子の上でもぞもぞと
身体を動かしながら、頭を捻った。
俺は俄か王子で、今でも何で自分がここにいるのか、その理由すらさっぱりわからない。
一介の平民に過ぎない俺を教育しかかっていた家庭教師たちも途中でいなくなって、
果たして本当に、俺にこの先この国を動かしていく器量が備わるのか、それもわからない。
だが、今俺がここにこうして居るということは。
俺が誰であれ、今、ここで頭を搾って何かを考えろということなのだ。
サンジは、余計なことは頭の隅に追いやり、情報を整理しようとした。
世界政府による保護、本当にそれしか打開策はないのか。
そもそも、土地が枯れた原因はなんなのか。
その調査も併せて依頼しているはずなのに、何故いつまでたってもちっとも進展がないのか。

考えろ。考えろ。
集中すると、酷い頭痛がサンジを襲った。

王が、それこそ木が倒れるようにして体の不調を訴えたのは、三度目の直訴に出向こうとして
準備を整えている最中だった。
ぎりぎりまで我慢していたと見えた。
一度も起き上がることなく、息を引き取る直前に「サンジを正式な国王とする。必ず直訴の
最前列に据えるように」との厳命を遺して、
季節を戻したような冷たい雨の日に、王は去った。
葬儀が済むと家臣たちは大旅団を組んで出て行ったが、同行しようとしたサンジをそこに
入れようとはしなかった。

「あなたはこの地に残り、城を、この国を守ってください」

堂々と王の命に背いて全員が去り、それきり誰も、いつまでたっても戻ってこなかった。



どうすればいいのか、残されたサンジにはわからなかった。
後を追ってみようかと思うときもあった。だが、道は知らされていない。帰りが遅くなるならせめて
報せだけでもあるかと待ち続けるうち、焦りばかりが募った。
何気なく、軽い気持ちで止めていた薬に手を出すと、驚くほど気持ちが楽になった。そうしてみて
初めて、自分がどれほど緊張していたのかを思い知って、これは何かで紛らわせなければ気が
変になってしまう、と言い訳をした。

餓えが、足を再び赤い光の方へ向かわせ、そこに身を投げ出したが最後、久々の快楽が
サンジを絡め取るのに時間はかからなかった。王の言葉も、自分を蔑ろにした家臣たちの
冷たい目も、国のことも、プルトンのことも、もうどうでもいいと思った。
最初っから全部間違ってんだよ! 俺を選んだことから始まって全てが! 何もかも! ハ!
上等じゃあねえか、とっとと滅びちまえこんな国。俺は死ぬまでこっから動かねえぞ。
だが、涙も涸れ果てたような顔で迎えに来たメリーを見ると、やはり放って置くことは出来ず、
結局また元の寒々とした場所に戻っていく。そうしてだらだらと盛り場と王宮を行ったり来たり
する日を送るうち、いつの頃からか、サンジの家に行ってみたい〜、と一人が甘い声を出したのを
きっかけに、怪しげな連中を城の中に引っ張り込むことさえ厭わなくなった。

仕方なかった。
誰一人、咎め立てする者はいない。
もはや門番すらいなかったのだ。







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