風は乾いていた。
荒れた土地の上を薄い砂塵が覆っている。
その中で、何かの目印のように立つ大木の枝が時折大きく撓るのが見て取れた。

パサーァン! パサーァン!

遠くからでも聞き取れるその規則的なリズムが、始めはそれを鳥かと思わせたゾロの目を、
視野の反対側に向けさせた。 

パサーァン!

砂を鋭く切って何かが線を描き、枝の先の葉が一斉に踊る。
その位置は何度やっても寸分違わず、速さもほぼ一定でぐらつくことがない。
 
煙幕の切れ目に人の手が見えた。
 
へえ。

頭から繋がった珍しい形の眼鏡を掛けた人間は、ゾロが近付くと慌てて隠れようとしたが、
生憎周りには岩一つなく、それで仕方なく、というわけなのか、その場にうずくまり顔だけを上げた。

「だだ! 誰だ! 金目のモンならねえぞ、残念でしたぁ!」
 
ぷふ。面白い奴だ。

「お前」
「なななななな何だ!」
「せめてその武器を構えながら言ったらどうだ」
「え?」
 
ウソップと名乗った男は、ゾロの顔に浮かんだ友好のサインを見て取ると漸くこわごわ立ち上がり、
大急ぎで土埃を払い落としながら、自分は王宮の厩番だと言った。

「馬? 馬が残ってんのか」
「あ?」
「兵隊はもう、いねえんだろ」
「ああ」
 
厩番は、まだ少年の面影の残る顔を僅かに曇らせると、確かに国王軍の馬は出払っているが、
と告げ遠くを見た。その思いの先は戻らない馬たちに向けられたのだろうが、見ようによっては、
まるで国そのものの行く末を心配しているようにも映った。

砂の舞う中しばらくその後ろに付いて歩くと、こじんまりした厩舎が現れた。

「今日は砂が酷いから、一日外に出られねえ」

薄暗い小屋の中、十頭余りの馬が大人しく並んでいる。大きさはまちまちだがどれも毛ヅヤがよく、
充実していた。ウソップが近付くと、皆嬉しそうな顔で一斉に鼻を向けた。

「へえ。大したもんだ。こいつらの世話を、お前一人で?」
「ああ! ここにいるのは元々ちょっと逸れモンばっかりだけど、俺に取っちゃ
みんな可愛い子供も同じだからな」
「逸れモン、か」
「ああ。性格が悪すぎるとか、大人しすぎるとか病弱だとかでエリート軍団には入れねえ奴、
現役引退組、元々体格が不向き、容姿が不向き、まあいろんな理由はあるけどよ」
「そんなのを飼っとく余裕が良くあんな」
「……王様は、優しい人だったから。ちょっとその辺りを回る程度ならいつも
こっちの馬でお出かけになったもんだぜ」
「王子は」
「え?」
「王子はどうなんだ」
「……話したこともねえよ」
 
ウソップはそこで何故か、渋い顔を見せた。

その時、白い馬が鼻を鳴らし、前足で地面を引っ掻いてウソップを呼んだ。

「ああ、待て待て。今やるよ」

飼い葉をバケツに入れながら、ウソップが言葉を継ぐ。

「あれは……王子の馬だけどな。俺はいつもあいつを外に出し、外の柵に手綱を繋いでおく。
王子は黙ってそれに乗って行って、用が済めば元の場所に戻す……それだけだ」
「へえ」

声がだんだん小さくなっていった。最後は別にゾロに向かって言ったというわけでは
なかったらしい。ゾロでなければ聞き逃していたかもしれない。

「いつも遊んでばっかりだ……。別に、俺には関係ねえけどな」

ゾロの口がにやりと広がった。

「ところで」
「あ?」
「必ず明日には返すから、こん中のどれでもいい、俺に一頭貸してくれねえか」
「えっ」
「つっても信用ならねえよなあ。どうするか……まさかこいつを置いてくわけにはいかねえし」

《吟遊詩人》は商売道具を軽く叩いた。

「じゃあ……まあ、これで」
 
ゾロが耳に付いていた三つの黄金を外そうとすると、ウソップが鋭くそれを制して言った。

「必要ねえ」
「ん?」
「見たとこ、アンタは馬に酷い真似しそうな人間には思えねえし」
「ほう」
「ちゃんと世話してくれるなら、そのまま連れてってもらっても構わねえよ」
 
長靴、縮れ毛、細身の体。だが聡明な顔に光る二つの眼差しは、天空の鷲よりも鋭い。
思わず謳いそうになった。

「そうか、有難う。助かるぜ」
 
ゆっくりと歩き、馬の顔を見て回る。と、すぐにピンと来るのと目が合った。

「これがいい」
 
青毛の、生意気そうな面構えだ。二人が近寄ると顔を上げ、物凄い勢いで鼻息を吐いた。
ウソップが呆れたように笑った。

「そいつは……一番の頑固モンだぞ?」
「上等。じゃじゃ馬を慣らすのは得意だぜ」
 
両手を挙げてみせてから用意に向かったウソップを見送り、改めて辺りを見回す。
と、静かな厩舎の角に、他の用具類に溶け込むようにして、身の丈を越す長い《杖》が
立てかけてあるのに気が付いた。

「あれは? お前のか」
「そうだ」
「さっきよりもっと遠くから狙えるな。何を獲る」
「べべっ、別に何も獲らねえよ! ありゃあただの……シェイプアップ用品だ!」
「そうか」

―――十一人目。

ゾロの笑みはますます大きく広がった。
主ですら気を使うこんな天候の日に、お前のような急にやってきた怪しい奴に、
いいように使われて堪るか!
ゾロが借り受けた黒馬は全身で主張した。
鞍、鐙、手綱。全て嫌がり、ウソップを押し潰すか蹴り飛ばす勢いで抵抗して、最後にびしりと喝を
入れられて漸くおとなしくなりはしたが、それでも脚をばらばらに動かして尚も抵抗する。
それをなんとか厩舎の入り口まで引っ張り出した。

















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