「食事だぞーーーーー」
 
遠くから声が近付いてくるな、と思ったら、すぐに弾丸の速さで本体が飛び込んできた。 

「あ? 何か今とてつもなく異常な光景を目にした気がする」
「ししし。俺、ゴムだからな。速ぇんだよ」
 
部屋の中に、意味を図りきれない沢山の中途半端な言葉が浮遊していた。
サンジは軽い頭痛を覚えて目を閉じた。

「食堂に行けって、あのジイさんが! 食堂ってどこだ?」
「おいルフィ、お前今まで食ってたんじゃねえのかよ」
「ああ!」
「まだ食うのか?」
「当然だろ、俺は食いながらあそこのおっさんたちと楽しい時間を過ごした。すっげぇ面白かったよ。
だから次はお前らの番じゃねえか!」
「「……」」
 
今度ばかりはゾロも黙った。
エースにだけは意味が通じるらしく、兄は優しそうな笑みを浮かべて「そうか」と応えた。

「じゃ、ご馳走になるかな」
「俺は……」
 
立ち上がる二人を、サンジが呼び止めた。

「さっき軽く腹に入れたから、いい。お前らだけで行けよ。場所は……」
「あ? 何言ってんだよ、お前」
 
黒髪の坊主がいかにも不服そうな顔を見せた。

「お前が主だろ? みんなを案内してくれよ。俺、きちんとしねえ奴の下じゃあ働けねえぞ」
「……」
 
久しぶりに長テーブルの上に火が入った。最後にここで人と食事をしたのは……
確か、国王が倒れる前のことだ。 いつもは王が座っていた一番の上座にも一人分の食事が
乗っていたが、サンジは敢えてそこを避けて一つ隣の席に着き、皿を順番に移動させた。
 
さっき食ったのに。
並ぶ料理は皆同じだ。
仕方なく、ゆっくりとナイフを入れた。

「しかし豪勢だな。どこの大国のディナーにも引けをとらねえぜ、これは」
 
エースが感心したように呟いた。
これこそジジイの意地だ。備蓄に自家栽培、国の内外に張り巡らせた人脈……
正に総力を結集して、ここまでの質を保っていることがわかる。

だがこれも……いつまでもつか。
たった一人の人間に、いいように転がされた格好の国。到底信じようのない話が頭の中で
ぐるぐる、ちらちら暴れ回る。それをこれから自分が、何とかしなければならないのだ……
厚かましい詩人に言われたことが頭を支配して、重く圧し掛かる。
 
ぼんやりとしてフォークが止まりがちなのを目敏く見つけたルフィがきらきらした目を向けてきて、
サンジは苦笑しながら残りの料理を回した。
これもその《仕事》の技術の一つなのか、エースとルフィの二人は、食事時にふさわしい話題に
事欠かなかった。諸国を回って仕入れてきた色々な話を、面白おかしく聞かせてくれる。
その空気の中に身を置いていると、まるで全員が、何故ここに集っているのかを忘れたかの
ようだった。
半ば放心しながら、けらけら笑いっ放しの顔と穏やかにそれを見守る顔を眺めるうち、
サンジはまた、これは夢ではないのかと、ぼんやり皿を見つめ直した。

今回ばかりは、どう考えてもここから逃げるのは難しいように思えた。ふと、この状況を作った
張本人ではないかと思われる人物の方に目をやると、やはり何かをじっと考え込んでいるように
黙っている。

「随分静かだな、緑詩人。今日は唄わねえのか」
「ん? ああ、いや」
 
そういやあ、てめえは何で俺に加担するんだよ。大事なことを聞きそびれていることに気付いて
伺うような視線を向けると、何故か草頭は恥らった様子で目を伏せた。
 
へっ……変な野郎だ。

食事が終わると一気に疲労感が襲ってきた。
後は明日にして貰おう。時間がないのはわかっているが、拙攻は命取りだ。言い訳か? 
でもとにかく。一度一人になって、ゆっくり考えをまとめたいことも確かだった。

「この辺、どこでも好きに使ってくれ」

外に出て適当に、ずらりと並んだ客室を示して、サンジは自室に下がった。
落ち着いて、目を閉じ、恐る恐る確かめたが身体は薬を欲しがらない。ほっとした。
今日は上首尾に湯を張ることが出来た風呂にゆったりと浸かり、手足をしげしげと眺める。
間違いない、自分のものだ。やはり夢などではない。

「はーっ」

この間ここに浸かっていた時は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。一体何の……
いやしかし、やはり全てはあの苔が登場したところから始まっている。あいつさえ来なかったら……
サンジは順に考えを巡らした。ビビちゃんが来る、俺が行く。紛争に介入し戦う。一人でも頑張るが、
やはり苦戦。そしてもしその《代表》の話が全部本当なら、多分ユバは呆気なく陥落、国は
崩壊……。

ぞっとした。
しかし明日の朝眼が覚めて、誰一人残っていなかったとしても、自分は行かなければならない。
頭を沈め、ぶくぶくと泡を吹いてみる。

「おーれーしーかーいーねーえー」

それこそ、魔物のような声が出た。
よし、と思い直し、遠慮なく注がれてた剥き出しの情報をもう一度、一つ一つ検討してみた。
たちまち底知れぬ芒洋感に襲われ、身が縮む。プルトン。プルトン。何て馬鹿馬鹿しい。
だが代々の王は頑固にそれを守り続け、義父もまた……。そこでちらりと別の感情が顔を出した。
必死の思いで陳情に来た王を、そこの人間は一体どう扱ったのだろう。滅多なことでは声すら
荒げることのなかった、辛抱強い義父のことだ、何時間でも、いや下手をすると何日も、
座ったまま、じっと待っていたのだろうか。それをさせていたのがそのクソ野郎なのか、もしかしたら
知っていて黙って見ていた世界政府なのか。

呼吸が速くなった。
相手が誰であろうと、絶対に、許すわけにはいかなかった。ぶっ飛ばしてやる。
覚えのない強い思いに、体の芯が熱くなった。










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