時間は跳ぶように過ぎた。
厳しい稽古を気力で乗り切っているだけあって、サンジは夜になるとまるで棒を倒すように
ことりと寝てしまい、気が付くとまた朝を迎える、その繰り返しで、苔の真意を確認する暇も
何もない。

式前日になると、毎日ぽつぽつと国の至る所から到着した領民の数は百人を超していた。
みんなが最初の家族に倣い、教会の中に陣を構えている。新しい一団が到着し、
その中に、砂っぽい大人たちに混じった一人の子供の姿があった。
犬を連れている。

「お前は……」
 
見止めたゾロが目を丸くした。
ユバへ行く途中の寂れた村で見た子供だった。犬も同じだ。

「あ! あんた……おしろの人だったのか!」
「お前一人で来たのか?」
「一人じゃねえ、リッチーと一緒だ!」
 
犬が尻尾を勢いよく振って一つ吠える。

「そうか。よく来たな」
「これ……」
 
横のサンジをどう思ったのか、子供が向き直り赤い花の束を差し出した。
サンジが思わずゾロを振り返る。

「俺、何も上げられるもんがねえんだけど、王様のお祝いなんだろ?」 
「……」
「これじゃあ、駄目か? いらなかった……か?」
「有難う。嬉しいよ」
 
サンジは膝を折り、花束ごとその小さな体をぎゅっと抱きしめた。
と、突然子供がその体を固くし、サンジの腕から抜け出して走り出した。

「父ちゃん!」
「ラース?」
 
驚いた。今日はグラスこそ磨いていないが……間違いない、酒場のバーテンだ。

「……ここで見るとまるで別人だな、サンジ」
「ナインス」
 
そういう方は、煙たい店の中で見るのとちっとも変わらない。広大な土地を背にしても小さく
見えたりしない、ごく普通の、健康的な男だった。

「父ちゃんだ! 父ちゃんが帰ってきた!」
 
子供はバーテンの周りをコマのようにくるくる跳ね回り、声を上げた。


日が暮れようとしていた。
稽古も今日で終わりだ。

「なあお前」
 
ちょうど刃がぶつかり合ったとき、サンジが聞いた。ゾロの顔が渋くなる。

「……敵には、話し掛けんなよ」
「へっ。どーかな。約束は出来ねえな。それより最後に一つ、聞いていいか」
 
今日こそは、だ!

「何だ」
「なあんか知らねえけど、ずっと聞きそびれてたっ!」

バッ! 体が離れ、再び打ち込んだ刃を強く止められる。
ぎりぎりと、力が拮抗する中で聞いた。

「そもそもお前……何故俺に手を貸す?」
 
聞いたゾロの眼が僅かに揺れ、そこにふと空虚な隙が生まれた。逃さず、強く捻じ込む。

「!」
「ほーら。心理戦も有効じゃねえか」
「っ! 初めて顔見る悪党には、効かねえだろ」
「そうとも言い切れねえぞ。で? 何でだ」
 
ゾロは踏み込まれた分を一気に押し返し、平然と言った。

「……さあな。偶々だ」
「へえ。そりゃまあ随分酔狂なことで。じゃあこれが終わったら? どうする」
「そんなことよりお前」
「あんだよ」
「また殺気がバラバラに散ってる」
「あぁ?」
「何故その手に、全ての気を籠めねえんだ」
「あ? 何言ってるか全然わかんねえ」
「そんなんじゃ、まともな戦いになる前に終わっちまうって言ってんだ。もっと集中して、
俺を殺す気で来い」
「だから! 何のつもりかよくわかんねえ奴になんか、本気で行けるかって話だろーがっ!」
 
ガキッ!
ゾロがサンジの剣を払って一つ息をついた。

「何だっていいだろう。この期に及んで、んな細かいこと気にすんな。俺の事なんか
砂袋ぐらいに思ってりゃいいんだよ」
「! なんだよそりゃ!」
 
カッとして……つい脚が出た。
気が付くと体が宙を舞い、一直線に伸ばした脚の先が相手の肩口を蹴り上げていた。
 
ゾロが吹っ飛び、正気に返る。

「あっ……悪りぃ!」
 
大丈夫か、と近寄ると、詩人は倒れた姿勢のまま言葉もなくサンジを見つめている。

「お前……その脚は一体」
「悪い、自分でもわかんねえ。こんなの初めてだ」

『喧嘩はできても相手は倒せない』。チャカに何度も言われてきたせいで、普段は何かと
脚の出るサンジも、剣を握っているときは意識して殊更に抑えてきたのだ。
なのにどうしたことだろう。それも、今のは普通の蹴りではなかった。
こんな脚の出し方を、一体いつ、自分は覚えたのか……。

「チャンスがあったら本番でも使ったらどうだ」
 
まだ驚いた顔のまま、詩人が意外なことを言った。

「え?」
「腕よりもずっと闘気に満ちてる」
 
詩人は俄かに考え込み、やがて漸く痛みを思い出したのか、顔を顰めながら立ち上がった。












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