戴冠式当日の朝になってもまだ、城を訪れる領民がいた。サンジがその様子を見守っていると、
遠くから、燃えるような頭が近付いてくるのが見えた。
纏っているのは踊り子の衣装ではないが――

「君は……」
「こ、こんにちは!」
「よく来てくれたね」
「なんだ。いつかの盗賊団の頭じゃねえか」

言われた女がゾロの方を睨んだ。

「ごめんなさい。これ……」

大事そうに取り出したのは、宝剣だ。

「ずっと返そうと思ってたんだけど……ですけど、つい、機会がなくて今日まで、あははははは」
「いいんだよ。わざわざ有難う。君も……式には出てくれるんだよね。えーと確か……ナミさん」

!!
女は感極まって言葉に詰まった。


パティが位置につき、式が始まった。
マントの上からランナーを首に掛け僧服に仕立て上げたゾロが持つのはウソップの
《シェイプアップ用》杖だ。
 
シャリン。
 
前に進めと言うことらしい。
見違えるように綺麗に磨かれた玉座の飾られている祭壇の前まで進むと、メリーが脇から
進んで何かをゾロに手渡した。ゾロは延々と難しいことを言っていたが、最後に
「国と国民の為に命を賭すか」というところだけはよくわかり同意した。

パティがオルガンを鳴らし始めると、その音が一つ一つ胸に沁み込んで、サンジは思わず涙ぐんだ。
初めて聞くはずなのに――、不思議な話だ。
 
ゾロが民衆の方を向き、その意を質す。

「この者を間違いなく汝らの国王と認めるか」

全員が賛同した。
 

宣誓の後、またしてもメリーがどこからか持って来た、大仰なビロードのマントを羽織り、
剣を授かる。オレンジの頭を探して笑顔を向けると、女盗賊はこっそりVサインを送って
寄越した。
ゾロが最初の瓶を取り聖油を手に注ぎ、跪いたサンジの頭から順に、指先で軽く触れていった。
想いも、心も、力も、愛も、全てを国の為に捧げる覚悟を……胸から腕に降りる指先が
そう語っているようで、触れられる度にどきどきした。

塗油が終わり、促されて玉座に座る。
王冠が頭に乗せられた。

「ここに汝を第十九代バラティエ王国国王と認める」
「国王様、ばんざい!」
 
叫んだのはメリーのようだった。
すぐにそれは広がり、歓声になって辺りを包み込んだ。

「国王様、ばんざい! 国王様! ばんざい!」

ゾロが一番に膝を折った。

「親愛なる国王陛下」 
 
ゼフを含む全員がそれに倣い、深く頭を垂れた。
かつて仲間だったコックたち。世界政府隠密。仕事熱心な厩番。赤ん坊を抱いた若い母。
汚れた顔の子供。酒場で働くその父。盗賊の頭。若いもの年老いたもの……
礼拝堂の外にまで溢れ出した民が皆等しく、心からの忠誠をサンジに誓った。
 
パティが再びオルガンを鳴らすと、全員が立ち上がって謳いだした。サンジも一緒に歌った。
小さい頃から良く知っている、それはバラティエの国歌だった。



「話はここまでだ」

全員、一言も漏らさずしんとして聞いていた。

「出立は明朝、参加・不参加の表明は必要ない。また、例え不参加でも、何らかの責めを
負わせることは一切ないと約束する。共に戦う意志のある者のみ、夜明けと共に城の門前に
集合してくれ。首尾よく賊を打ち倒せた暁には再び戻り、国の復興に全力を尽くす所存だ」
 
戴冠式だとだけ言って呼びつけた人々を騙すようで心苦しかったが、サンジは正直に、
バラティエが今置かれている立場を説明し、もう一度頭を下げ協力を願った。一通りの話で
どこまで伝わったか、定かではなかったが、これで出来ることは全てだった。
 
呆然とする人々の間を縫って礼拝堂の外へ出る。
酒場のバーテンが入り口のところに陣取っていた。

「大変なことになったな、サンジ」
「ああ……」
「俺でよきゃ、力になるぜ」
「えっ、でも……」

盛り場は、一応国の統治下にあるとはいえ殆ど独立採算に近い。土地の荒廃も商売には
さほど関係ないはずだ。

「いいのか。せっかく……久しぶりに子供にも会えたのに」

男は笑顔を見せた。

「だからだよ。ここらで一つ、いいとこ見せとかねえと」
「ナインス……」
「それにな、サンジ」
「ああ」
「俺はバラティエの人間だぜ」
 
頷くのが精一杯だった。

「じゃあ、明日の朝」
「ああ!」
「おっと……王様に、何て言葉遣いだ俺は」
「ハハ、気にすんなよ」
 
厨房にも顔を出した。

「サンジ! いやそうじゃねえ、国王様!」
「やめろよ……今まで通りでいいさ。それよりジジイは?」
 
ゼフは畑で、数人のコックと一緒に野菜の収穫中だった。その地に残る作物も、
いよいよあと僅かだ。

「料理長」
「国王陛下」

さっと項垂れたゼフにも同じことを言ったが、料理長は頑なに頭を上げようとはしなかった。

「明日のことだけどな」
「はい」
「おめえは残ってくれ」
「……」
「ここに置いてく人間たちに食わせる奴がいねえと困るし、それに何より、お前はもう……
歳だしな」
「足手纏いになると」
「いやそうじゃねえよ! そうじゃねえけど」
「では参ります」

眼光がひたとサンジを捉える。料理を教わっていたときの眼と全く同じだった。
《わかったな、サンジ》。有無を言わせぬ力があった。サンジはゼフに聞こえないように、
小さなため息をつくと、そこから立ち去った。













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