サンジの周りに熱風が渦を巻き、砂が舞った。

「うおっ、何だ!?」
「何だこの風は!」
「熱ちぃ!」
 
フラフラとした身体が軸を得て、金髪がゆっくりと持ち上がる。サンジが直立した瞬間、
辺りが朱に染まり輝いた。

「!?」

面喰う全員の前でサンジが地面を蹴った。

「えっ!?」

その体が見る間に空中高く浮いて、膝から下が真っ赤に燃えているのがわかる。

「何だ、あれっ!」

思わず一人、ゼフが呟いた。

「あの野郎……赫脚の血が、あんな形で」


コイツ だけは 許せねえ!



思い切り引いた脚を全力でお見舞いすると、クロコダイルの体は吹っ飛んだ。
ヒヒーーンン! とばっちりを受けた馬の体を急いで庇い、そっと地面に下ろす。
脚が熱い。もげそうだ。だがその前にコイツダケハ殺ッテオカネエト。
倒れた身体から驚愕と懇願の眼差しが向けられた。
だがもう遅い。
テメエダケハユルサネエ。
容赦なく二発目、三発目をぶち込むと、身体は踊り、脚の入った場所が赤く溶けて
大きく肉が落ち込んだ。

(サンジ。サンジ)

どこからか声が聞こえた。霞んだ目を凝らすがわからない。ふと、地平線の辺りに
義父の顔が見えた。

(サンジ。それ以上怒りを抽出してはならぬ。怒りに集中してはならぬ。
脚を引くのだ……サンジ)

確かにあの懐かしい声だった。よく見ると後ろに大勢の人間が控えているのがわかる。
一度も会ったことはないが直感した。

ずっとこの国を護り続けてきた、―――王たちだ。

(わかったな、サンジ。もう十分だ。お前はよくやった)

けど、オヤジ!
だがその時、悔しさにびっしりと覆い尽くされた心の中に別の何かが注がれるのがわかって、
サンジはその温かさに絡め取られるようにして身を小さくした。

カタ。
音を立てて膝を付く。
意識がなくなるのと同時に、後ろから全員が駆け寄った。

クロコダイルの体は、兵士とは別にどこかで控えていたらしい一団によって引き取られ、
軍もそれを見届けると無言のまま退却した。

「……どう、なったんだ」
「わからねえ、だが今はサンジが先だ!」

急ぎ村まで駆け戻り、戦線にも加わっていた村の医師が解毒剤を処方した。

「助かるか」
「百パーセントとは言えないが……出来るだけのことはやった。後は王様次第だ」

ピンク帽子を被ったトナカイ顔の医師が、大きな体を丸めて汗を拭った。
苦しげに息を吐く国王を、その枕元で大勢が見守る。不思議なことにあの光はサンジが
倒れるのと同時に消えて、サンジの脚にはその跡すら残っていなかった。

「なあ、オヤッサン。さっきの、何だよ」
 
不意にパティが後ろの方で小さく囁くのがゾロの耳に入ってきた。

「赫脚の血、って……それじゃあやっぱりサンジはオヤッサンの」
「うるせえな。出汁にすんぞ」
「ハッ。好きにしろよ。けどそれならそうと、何で言ってやらねえ」
「……ガキにはわからねえ話だ」
「! 誰がガキだ!」
 
そのときサンジが僅かに呻いて、ゾロは握っていた手に力を籠めた。

「サンジ!」
 
ぼんやりと開かれた眼が、漸くゾロを見止める。

「あ……アイツは……?」
「心配すんな。お前の勝ちだ」
「へへ。見たかよ、詩人」
「ああ。早く帰ってみんなに知らせねえとな」
「おう」

頼りない視線がゾロの顔の上を走り、僅かに開いた唇が何かを言いかけて止める。
表情が作り直され、掠れた声が憎まれ口を利いた。

「何なら……詩にしちゃどうだ? ちっとはマシなのが、出来んじゃねえか」
 
苦笑いすると、サンジは微笑んだまま、再び意識を失った。
ぐっと手を握り直すが戻ってこない。

「ナノハナが心配だな」
 
そう言ったのはチャカだった。
あの場は大人しく引いた世界政府の、次の手は誰にも読めなかった。今回の件を一体どう
収めるつもりなのか。クロコダイルの処遇はどうするのか。そしてこの、バラティエを、
そしてサンジを。

念のため兵力を分散させた方がいいだろう。我に返ったゾロがそう思い持ちかけると、
チャカも同意した。
元々のユバの住民、そして今回力を貸した傭兵、サンジに付き添うゾロ……残る面子を確認
していると、その白い衣装を極限まで汚したペルが、そこに名乗りを上げた。

「我らふたり、また一緒ではそちらも心安らかではなかろう」

ゾロに気を使ったようだった。だが片方が残って新参の参謀を見張るつもりかと、疑おうと思えば
幾らでも疑える。量りかねて、胡乱気な視線を送っておいた。
反対に、立ち去ろうとする料理長には、わざわざすれ違い様に声を掛ける。

「赫脚……アンタがあの伝説の海賊か」
「小僧。何故そんなことを」
 
そう言いながら別に動じる風でもない。何故陸に上がって料理などに勤しんでいるのか、
誰もがそこを知りたがったが、生憎その辺りは、全くの謎に包まれていた。

「詩人ってのは、色々なネタ仕込んでるもんなんだぜ?」
「ハ! そいつに余計な口は利くんじゃねえぞ」
 
気のせいか、その口調に迷いが見て取れる。意外に思って顔を向けるゾロの眼を避ける
ようにして、ゼフは出て行った。
















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