<sandalwood>






カ、タ。
最後の食器をゆっくりと仕舞い終わると、サンジは小さく息を吐いた。
ジジ、とどこかで何かの唸る音がする。それを少しの間聞く。

静かだが、どこかまだ浮き立った空気に包まれた新しい船は、
以前より数段明るかった。


布巾を置き、サンジは周りをぐるっと見回した。



満足だった。

鍵付き冷蔵庫があるのは勿論、
システムキッチンそのものが気に入った。

腰元に控え目に入れられたロゴは、
小さな頃から憧れていたノースブルーの有名な会社のものとは違ったが、


それでも十分だった。


この豪勢な船の中、少しも浮いていない。
といって地味すぎるわけでもない。
あれがあるぜ、これもあるぜと主張せず、静かに佇み主の動きを息を潜めて見守っている。
よく訓練された大型犬が控えているかのようだった。

サンジはシンクの淵を二本の指でそっと撫でた。


何よりこの高さがいい。

メリーの時は、もともとが女性用に作られた船だったために、
その調理台はサンジが使うにはやや低すぎた。
使っているうちに気にならなくなっていたが、新しい物を前にして久しぶりに、
そのことを思い出したのだった。

メガネパンツの野郎。
サンジは、フランキーの、サングラスの奥の鋭い眼差しを思い出した。
自分の身長や、もしかしたら動きのクセまで見抜かれていたかもしれない。
細かなところまで抜かりのない、見事な設計の一端だった。
大いに尊敬に値する仕事だ。



“御用はお済みですか”


キッチンが呼びかけている。

ああ。
また明日、宜しくな。

心の中でそう言って、サンジはタバコの煙を吐いた。





端から順番に目を移していき、扉のところまできた時、

そこにマリモが立っていた。




「うおぅ!びっくりしたー」

心臓が止まるかと思った。
なんだってそんなところに。
まるで壁紙みたいなノリで立ってやがんだこいつは。



「何故呼びに来ねえ」
「は?」

そういえば。
もう夜中だ。

この前コイツを見たのは確か……ナミさんが明るい日差しの中弾けるようなお顔とお胸と
お肩を晒していた時間だから……まだ太陽の高い……午後?


「うっそ……てめえ、あれからずっと、寝てたの?」
「……」
「よく腹減んねえなあ」
「減ったに決まってんだろ!だから起きてきたんじゃねえか!大体なんでてめえは
呼び来ねえんだよっ!」


ゾロは酷く不機嫌だった。
キッチンの魅力を堪能することにかまけていてその他の気配りをする余裕など
爪の先ほどもなかった、という事実を正直に伝えるのも少し可哀相な気がした。
仁王立ちのままの剣士を軽くにらみつけて言い返す。

「バァカ。あんなとこまで一々登って行けっか。これまでとは違うんだ、ちゃんと自分で考えて、
適当な時間になったら降りて来いよ」
「……」
「まあいい、とっとと入れ。何か出してやる」

ゾロは無言で足を踏み入れ、刀とブーツの底を鳴らした。

どっかん、と座り込んだ体が広い場所の中、何だか小さく見える。
ふと可笑しくなった。

「ぷ」
「なんだ」
「別に?」


明日用に、と既に仕込んであったスープを少し取って薄切りの肉と野菜を入れ、火をつけた。


「今度の冷蔵庫はすげえぞ、冷凍しても固くなんねえんだよ!」

サンジは顔を一杯に綻ばせてゾロを見た。
ゾロが火の出るような目で見返してきた。

サンジは少し眉を顰め、だが何も言わずに、実はちゃんとゾロの分を取り分けてあったミートローフを
引っ張り出して温め始めた。

「オーブンの火も信じられねえくれぇ強え。下手したらバラティエの厨房に迫る勢いだ。
ったくフランキーの奴、やってくれたぜ」

新しい船の、新しいスペック。
興奮が再び湧き上がった。
今度は何が作れるだろう。どんなものに挑戦できるだろう。レディたちの顔を、どれだけ
輝かせることが出来るだろう。
わくわくして脚まで浮きそうなのが自分でもわかる。
それでも少しは気を回して、サンジは自分のことばかりでなく相手の様子も伺おうとした。


「てめえの方はどうだよ」
「何が」
「快適か、新しい“ジム”は」
「どうだかな」
「なんだよ。気にくわねえってのか」
「別に……なんか匂いが鼻に付く」
「匂い?」
「ああ」
「匂うだろうが、この船」

ゾロが吐き捨てるように言った。


確かに。
新しい船は新しい家と同じだ。
建材の匂い、塗料の匂い、何もかもが新しい調度品や植物や小物の、匂い。

思わず深呼吸したくなる芳しい香りが、潮や、湿った気流の重さを切リ裂くように、
海の上に漂っている。


ゾロがフンフンと、わざとらしく鼻を動かした。


「何の匂いだ」
「何って……だから宝樹……なんだっけ、アダム?あれじゃねえのか」

返事がなかった。
ゾロは下を向いていた。


「シダーウッド……違うな、どっちっかっつーとサンダルウッドに似てるか」
「サンダル……?」
「白檀だ」
「っ、そりゃ線香の匂いじゃねえかよ辛気クセぇ」

サンジが静かにミートローフの皿をゾロの前に置いた。

「文句あんならフランキーに言やぁいいだろうが」
「フランキー、フランキー。気安く呼んでんじゃねえよ、馬鹿!」

巻き舌の怒声が飛んだ。


サンジはため息をついた。

「何荒れてる」
「……」

再び下を向いて黙った剣士を置いてキッチンに戻ったサンジは、酒を出そうとして
ここにはないことに気が付いた。
仕方ねえ、下まで取りに……と向きを変えたところを捕らえられた。


「!」


押し付けられた身体は酷く冷えていた。
ずっと外で寝ていた頃と変わらない。
だが今度は室内なんだろう?サンジは遥か遠くにある見張り台を思った。
あの中にいて何故……窓でも開けていたのだろうかと思うが聞いてみることは出来なかった。
背中の上の方でゾロがくぐもった声を出した。

「てめえが……」
「ん?」
「てめえが遠い、っつってんだよ!」


ああ。

そうか。


それは俺も。


サンジはゆっくりとゾロの体から抜け出て、両手で冷えた頬を挟み込み、言った。


「そうだな」

森の瞳がサンジを見る。

「どこもかしこもぴかぴかしやがって落ち着かねえし」
「ああ」
「……いっそ、下りるかよ」
「この船を?」
「ああ」
「二人で?」
「ああ!」
「駆け落ちか」
「……そうだ」
「冗談ポイ!」

サンジが言下に退けた。
このチャレンジングな仕様を前に、この俺様が尻尾を巻いて逃げ出すだと?ありえねえ。
それ以前に何でこの俺が、麗しのレディを置いてお前と行くと思うんだ。

口には出さなかったが、ゾロは傷ついたような顔をした。

流石にちょっと、酷かったかもしれない。
サンジはそう思い、手の中にある顔を引き寄せると、唇をそっとゾロの口にくっつけた。
ゾロは暫く不貞腐れていたが、やがて本気になった。


「……っ、腹、減ってんじゃ、ねえのか」
「うるせえ」


だが、身体は固く絡みついたままなかなか離れようとせず、いつまたってもキスから先に進まない。
明るく豪勢な空間の中、なんだか落ち着かないのは実はサンジも同じだった。


「このまま……」
「あぁ?」
「このまましてみろよ……出来るか」

真面目にそう言ったサンジの目をゾロが少しの間覗き込み、それからサンジの体を反転させて、
シンクに押し付けた。

ステンレスが明るい照明を眩しく反射して、サンジは思わず目を閉じた。
固く押し付けられた身体から漏れる息は、まるで熱でもあるのかと思うほど熱い。
項や耳の下を撫でるその息に産毛が立ち上がり、寒気がした。

ゾロの手が動きやすいように、サンジは少し腰を引いた。
背中から上はぴたりと密着したまま、性急にベルトが外され、手が鷲掴む。

「っ……!」

ゾロがサンジの首筋を噛んだ。

眩しくて、まだ目は開けられない。


遠慮がちに項垂れていた場所がいつの間にか立派に勃ち上がり、
サンジは、リズムを刻んで背中に押し付けられる、同じように猛ったゾロを感じながら、
最初の熱を放出した。

ゾロの手から漏れた白濁が、つるつるしたシステムキッチンの面を滑っていった。


そのままの姿勢で指が侵入しようとした。
サンジは手を伸ばし、ハーブの漬かったオリーブオイルの瓶を取った。


「それには……見覚えが、あんな」
「ああ…前のとこから持ってきた……」

出来上がりを楽しみに草を選び、丁度いい具合に香りが出始めた時だったのだ。
その細い姿もやはり光を受けていたが、それでも他のものよりはやや控えめに見えて、
サンジはぴりぴりしている自分たちに加勢してくれる援軍を得たような気分になった。


ゾロが盛大にその中身を手に取り、無言で再び指を差し入れた。

中を探りながら、また苦しいくらいに上半身をくっつけてくる。
サンジは振り向いてゾロの唇を求めた。


ゾロが前を寛げて、その姿勢のままサンジに押し入った。

力強く突き上げられて、サンジの身体はゾロとシンクの間で激しく揺れた。
まだまだ最後までは遠いうちに膝が崩れる。
ゾロが抜け出し、サンジを支えた。

邪魔なものを全て脱ぎ捨てキッチンの床に膝を付いたサンジがゾロを口に含んだ。
ゾロはサンジの髪に手を入れ、愛おしげに二、三度漉いたが、そこで突然サンジを止めた。

「っ!よせ!」

怪訝に思ったサンジが振り向くと、冷蔵庫の扉に影が映っている。
ゾロは顔を真っ赤に染めてサンジを離し、自分も膝をついた。

改めて向かい合い、
ゾロがそっとサンジの体を冷たい床に横たえた。
圧し掛かったゾロは入り口に自身を宛がい、そこでぴたりと止まって言った。

「どうする?」
「あ?」
「今ならまだ引っ返せるぜ」
「なに?」
「このお綺麗な船の上じゃあやらねえ、そう決めることにするか」
「……」

サンジは鼻で笑った。

「いーから。早く来やがれ」

それを聞いてゾロもやっと笑った。

「へっ。こんなとこまで来て脚開くたあな。覚悟出来てんじゃねえかよ」
「てめえもな。あくまでも俺様に乗る気だとは全くいい根性してやがる」

ゾロが腰に力を込めた。








空間の広い分、荒い息も煩く響く。
ゾロが憎々しげに言った。


「ったく。汗も沁みこみゃしねえこの床は!」
「か、ん全防水じゃ、ねえの」
「こうなったら片っ端からマーキングしてやっからな」
「……は……てめえはんとに」
「おい、立て」
「は?」
「まず手始めに隣の皮の椅子からだ」










翌日。
上からダンベルの類を全部下ろしてきて芝生の上で鍛錬を始めたゾロを、
みんなが邪魔にした。

「おいゾロ!おめえは上だろ!上行けよ!」
「うるせえな、俺はここがいいんだよ」
「なんでだよ、邪魔だっつってんだよ、広ぇんだからほかんとこ行け!」

鬼ごっこのルート上で重い鉄の塊を振り回す剣士が嫌がらせでもしているように思えたのか、
ウソップとルフィは本気で怒っているように見えた。

「ったく!光合成かよ!」

フランキーもその様子にお手上げといった顔で呆れてみせ、奥に引っ込んだ。


サンジはトレイに人数分のグラスを乗せて、慎重に、慣れない階段を下りているところだった。

新しい船、か。
ふと口に出し、更にその先に思いを馳せる。


次に船が変わるときはどうなっているんだろう。

ゾロが自分の船を持つというのは余り似合わない話だ。
だが大剣豪も気まぐれで、船乗りを続けたいと思うかもしれない。

その船には自分も乗っているのだろうか。

仮にもしそうなったとしたらその時は、船がいくら新しくても全部が自分たちの縄張りだ、
こんな違和感はないに違いない。


芝生に着地して、改めて見張り台を見上げた。
確かに遠い。
なんなら甲板かキッチンからそこに通じる逆方向の拡声器をもう一個つけてもらおう、と
本気で思いながらまだきいきいやっている男共の間に割り込んだ。


「邪魔ゾロ!」
「邪魔!」

それでもルフィたちはサンジの運んできた餌に気が付き速攻で手に取った。

「なんですかこれは回復ドリンクですかサンジさん!いただきます!」


頭から湯気を上げながらごくごくとグラスの中身を飲み干すガキ共に良く見えるように、
サンジはゾロの裸の上半身を優しく包み込んだ。











おしまい








いやあ〜、マジにアニキはどう思ってるんでしょうか二人のこと。







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