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翌朝になってもまだ剣士はちょっとむくれて見えたが、まあいつもそんな顔なので大して
気にはしなかった。


そろそろランチの仕込を、と考えたとき、ルフィが大声で「島だー」と叫ぶのが耳に入る。
ナミが船首に進み寄り、額に手を翳して島影を確認した。

「あら、予定より早かったわね。んー、風もよし、この分だとあと三十分ってとこかしら」

追い風に乗ってぐんぐん近付くと、賑やかな港の様子が海の上からでも見て取れた。

「いよいよね、グリーン・アイランド」


ナミの眼が輝く。

「ここは交易の要所で、商売の邪魔さえしなければ例え海賊だろうが宇宙人だろうが
お構いなし、ってところらしいから、何も考えずに船は堂々と着けましょう」

ナミの言う通り、船溜まりには、髑髏マークの旗こそ隠してはいるものの見るからに
怪しげな船が所狭しと並んでいる。
それを見るだけで何となく気分が高揚した。
手配書ぐらいは回っているのだろうが、苦労して賞金など稼がなくても隅々まで十分に
潤っているような、街全体の、成熟した余裕のようなものが香ってくる。


「楽しそうねえ。こんなに大きな街、久しぶりだわ〜♪」

経済活動が活発な場所へ足を踏み入れようとする喜びの為だろう、ナミの声は素直に
はしゃいでいる。

「大きな本屋さんもありそうね」

穏やかにそれに応えるロビンもまた、極上の笑みを湛えていた。




やっぱりレディたちは、こういうところが好きなんだなあ。

サンジは横で見ていて嬉しくなったが、サンジ自身もまた、俄かにコックとしての血が
騒ぎだしたのを感じていた。
珍しい食材、調味料、調理法、調理道具、変わった味付けの料理、その場所ならではの酒……
新しい土地には、そこがよほど人気のないジャングルなどでない限り、行けば行っただけの
発見や収穫があるというものだ。


ほくほくしながらエプロンで手を拭くと、ナミがすかさず「サンジ君、お昼は支度しないでいいわよ。
その代わり、とびっきり美味しそうなお店を探してねv」と弾けるような笑顔を向けて言った。

「はい、ナミさ〜ん!」

心を込め、腹の底から声を出す。



ったく。なんて可愛いんだ。なんて綺麗なんだ。

へらへら笑う顔の下で、サンジはよからぬ考えを抱いた。


飛びついて、抱きしめて、キスしたい……
その衝動を漸く押さえ込み、軽く息をハァハァさせながら更に思う。
けど実際。やってみたらどうなるんだろう。だってあんなに可愛いんだもん、仕方ねえよなあ?

(あーそうさ、お前ぇは間違ってねえよ。条件反射ってやつだ、抑えろって方が無理)

誰だと思ったら心の悪魔だった。
尻尾を振りながらそう言った。

だよなあ、と頷き合っていると、慌てたように今度は反対の方に心の天使が登場して、心配そうに
羽を顰めて言った。

(何言ってんだ、ナミさんにぶっ飛ばされるに決まってるだろうが! 挙句、涙の訴えと圧倒的な
力関係で、てめえみてえなセクハラコックは金輪際置いとけねえ、ってんで船長に下船命令出される
のがオチだ。それに……それにもしあの偏屈マリモに見られでもしてみろ、どうなることか……)

前半は頷けたが、後半には首を捻る。

他の人間にキスする自分をマリモが見たら?
だって、相手はナミさんだぜ? しかも、可愛いからするんであって、それ以上のこととかそんなことは、
間違っても考えてねえんだしホント。

ぎゅっとしてちゅ。

細い肩。折れそうな腰。ぷちゅんぷちゅんの肌。いー匂い。


きゃーv



それだけの妄想に、サンジの顔が赤くなった。





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