<赤砂の城>











いつの間にか、瀞霊廷全土は、焼き尽くされるような夕陽に覆われていた。


隊舎の窓からつい、その圧倒的な様を眺めた途端、
静かな波がひたひたと心に入り込み、内側から食い始めるのがわかった。



しゃむしゃむと、
咀嚼する音が聞こえるような錯覚に、

荻堂はつい、胸の辺りの布をぎゅっと掴んで下を向いた。




―――この色は……嫌いだ。








「どうしました? 荻堂八席」
「隊長……」


卯ノ花がこちらへ向かってくる。
その髪から、眉の辺りから、眼差しから。
肌から声から立ち居振る舞いの全てから、
何年も掛けて練り上げた絶妙の配分で、

優しさと、豊かさと、厳しさを同時に放っている。


その、周囲に有無を言わせぬ様は、

ああまさに、


この夕焼けに……良く似ているではないか。






「隊長」

荻堂はもう一度小さく呟くと、卯ノ花の胸の中に躊躇わず飛び込んだ。


「あら。あらあらあら」


芳醇な香りを肺一杯に吸い込んで、硬い鼻梁で柔らかい膚を探る。
期待を裏切らず、優しい手がすぐさまそっと回され身を包んだ。


拒絶するな拒絶するな拒絶するな……


呪文を唱え、固く眼を閉じ卯ノ花の中に潜り込もうとした。


だが、熱い吐息も燃えるような思いも、
そのやわらかな力の中、全てが吸収され呑み込まれていく。



やがて華奢な指がぽんぽんと、幼子をあやすような速さで身を打ち、
穏やかな声が降ってきた。


「……落ち着きましたか」



侵食は極限に達し、心の奥深くが抉られる。

堪らず荻堂は、卯ノ花の膚を強く唇で吸った。




「八席?」
「はい」
「もしそれ以上具合が悪くなるようなら、今すぐ肉雫づきの中に入ってもらいますが、どうしましょう」



降参だ。

荻堂は諦めて、身を引いた。


卯ノ花が襟元を正すのを見ても、哀しくはなかった。











尸魂界(こちら)へ来て、選ばれて死神となり、
気の遠くなるほど長い年月をここで過ごす。


現世にいた頃の記憶はどんどん薄れていって、
やがて何も覚えていなくなる。


夕陽を見るとなぜこんなに心がざわつくのか、

荻堂は、かつてはその理由を、忘れたくないと思っていた。
忘れてはいけなような気がしていた。

覚えておくために、誰かに話してみたかった。
誰かに、聞いて欲しいと感じていた。




だが。

思い出の輪郭は呆気なく朽ちて、今ではもう見る影もない。




僕はここで何を失ったのか。




考え出すと腹が立つ。






荻堂は、卯ノ花がとっくに消えた隊舎の廊下を、
夕陽に背を向けて歩き出した。




黒の死覇装が受け取る必要以上の熱が、重く纏わり付く。


早くこれを脱がなければ。

足を速めながら荻堂は、強くそう思った。













end












口偏に妾、の字が変換できませんでした。みなづきぃ……(涙)



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