<宴は好きか?〜大きな声で、歌い、笑い、泣き、怒り、次々に喉を下り落ちる酒は
多くを流し去っていく。最後の一人になっても料理は欠かせない、もしそれが美味ければ
最高だ。人生の哀しさと悦びをいっぺんに味わうことができる。>










参った。
疲れた。

水水肉のバーベキューなら、仕込みのソースにさえ心血を注げばあとはもう、
早く出来てしかももともとの肉の味は保障付ときているから、
みんな満足して早めに腹も膨れるだろうし、
そうなれば自分も数時間後にはどこかに合流できるだろうと高を括っていた。
あわよくば、盛り上がった果てに熱い体を持て余したレディたちが、
「暑いわね〜。もう一度プールに入りましょうか」とぉかなんとか仰って、
ワオ!とおもむろにシャツを脱ぎ捨てその玉の肌を惜し気もなく披露してくれて……
それを観ながら極上の一杯を口に出来る。かもしれないげへへ、などと。



甘かった。





ガレーラの連中はまあともかくとして、
フランキー一家のあれは何なんだ。今まで疑いもしなかったが、ひょっとして、
人造人間なのはボスだけじゃなかったのか……。

大いなる誤算だった。


食う。
呑む。


ア〜ゥ!とかシャウトし捲くる親玉を魚に、


また食う。
呑む。


食いモンがねえええええ!!!
ルフィと一緒に怪しげな風体の野郎共が雄叫びを上げる……。


仕方ないので仕込からやり直した仕込から。
さっきの10倍ぐらい作っときゃいいか?
あーもーめんどっくせぇ、こうなったら食材、調味料、全てが果てるまでやってやるぜ。


そげキングの歌が800番代になっても、まだ作っていた。


あんにゃろ、どこまで天高く伸びる気だ……

積み上がっていく机の塔の上方を見晴るかせば、ゴキゲンな月が顔を出していて、
気分は更に浮上する。



ぃよっし、任せろぁ!


そうこうするうちメインディッシュを切り上げた奴らが、
今度はもう少しデザートが食べたいねーという顔を一斉にこちらに向けてくる。
エンドレスループか。


だがよーし、てめーら。そういうことなら旬のフルーツたっぷり、極上の生クリーム使用、
俺様の拘り糖度最高のフレッシュケーキでいいんだろうな?あ?
オラ、これ食って全員エンジェルになりやがれ、揃って天国に昇ってけぇエエエエ!




そういうわけで、全てが果て我に返ったときには、トライアスロンをやり終わったくらいに疲労していた。


見渡せば、あちらこちらで力尽きた屍共が安らかな寝息を立てている。



サンジは温かな気持ちになり、そっと笑った。






少し自分も落ち着こうとボトルとグラスを手に、その合間を縫って適当な場所を探すが、
いつの間にか、目は剣士の影を追っていた。



もう殆ど、話し声すら聞こえない。



起きているものは、誰もいないのだろうか。






と。


緑の頭が見えた。
本当に便利だ。



剣士は獣なので夜目が利く。
遠くからサンジを認めて、大きく酒瓶を振りかざした。



「ぅおい、コックー!!!」



は? 何だあの声は。
まさかとは思うが酔ってるのか?いやまさか。




だが近付いてはっきりした。


ゾロが、
正真正銘酔っ払っている。
それも物凄く。


えーっ。
ウッソ〜ぅ。



剣士はザルを通り越したワクなので、いくら呑んでも酔うはずがない、そう思っていた。
なんかいつか、あの妙な島で派手にやり合ったときも、
剣士たるもの云々かんぬん、と偉そうに講釈垂れていたと聞いている。

それが今宵はどうしたことか。

目は完全に据わり、頬も僅かに高潮して、
何よりサンジに向かって「遅ぇじゃねえかこのタコ! 早くこっち来て座りやがれ!」等と
叫んで自分の脇を平手でバシバシ叩いたりした。


ぐおっぐおっぐおっ。


叫び終わると手持ちの小さい樽ジョッキを一気に干し、
僅かに動いて、どっかり据えた大樽から新たな一杯を注ぐ。



「おめえ。どんだけ飲んだんだよ。もうやめとけ」
「は? 何を馬鹿な。大体てめーがおせーのがわりー」

はぁ。
小さなため息が出た。


周りにはフランキーのところとガレーラのところから、主にガタイのいいのが
集まっていたらしかった。

全員潰れて大鼾だ。


「サンジ……」


剣士がぐっと顔を寄せ呟いた。
その声音を、いつもの顔が吐けば思わずぞくりと電気が背中を這い上がったことだろう。

だが今は、
ゾロは明らかに酔っている。その証拠に、サンジを見つめたまま、


「ひっく!」


と大きなしゃっくりをして、それからいきなりぶっ!と噴出した。



ぎゃはははははははは、
あははははははははは、


どーしたんだろう一体。
いやだから酔ってるんじゃねえか、ゾロのくせに。


「おま、お前の眉毛、回り過ぎっ!ぎゃーっはっはっは」

バシバシバシバシ、あんまり自分の膝を叩きまくるんで、
そこから煙でも出てくるんじゃないかと心配した。
けど大体、いつもその回ってるところを指でそうっと辿ったりしてんのはどこのどいつなんだか。




やっと笑い終わった剣士がぽそりと言った。


「おめえはいーよな。どこ行っても腕一つで食ってける」


は……?



「誰と一緒でも、どんな船でもよ。いぃーや、別に船じゃなくたっていーんじゃねーか、
なあ、そうだろ?てめーはコックだ」


さーて、
酔っ払い剣士が何モードに入っているのか、
何しろ経験値が低すぎて想像の翼を広げるにも限度があった。


とりあえず、目の前に腰を下ろすと、すかさずグラスが奪い取られ、
そこに同じ酒が注がれる。


「あんだ、こんなちっけーの」

ゾロが殆ど閉じそうなくらいに目を細め、凶悪な顔でグラスに殺気を送る。
酔っていて尚、薄いガラスがパリンと割れそうなほどの強さだ。


フン、と一つ息を吐いて、不満気な表情のままサンジにそれを渡すと、
ゾロはまた違う顔を見せて、静かに、

「料理が美味ぇって、みんな喜んでたぜ」

と告げた。


「そうか」
「……よかったな」
「あ? ああ」


饒舌な剣士は剣士に見えない。
自分が来たことに気付いているのは確かだったが、それと知って剣士の口に上るのは、
勝手な独り言だけだ。

俺の返事はいらねえのか?
俺に……何か言いてえことが、あったのか?


だが何しろ立派な酔っ払いだ、まともな応答を期待する方が間違っている。




サンジは一人、杯を上げた。


お! 何だこの酒、美味ぇじゃねえか。
俄かに冷静になって感動し、ついそれを分かち合おうと「なあ」と声を掛けて、
仰天した。



「っ……」


剣士が下を向き、苦しそうにしている。



「どうした!」


まさかここで吐……


うひゃー!
今起きているのは自分ひとり、剣士をどこかに動かすことなど不可能だ。



とりあえず、水でも飲ませてみるかと慌てて立ち上がり、辺りを見回す。
数メートル先に、まだ中身の詰まったピッチャーが輝いていた。


ダッシュでそれを取りに行き、元の場所に戻って声を掛けた。


「おい! ほら、水!」
「ぐっ……」


肩が震え、相変わらず頭は上がらない。


「ゾロ?」


その声で、ようやくゆっくりと持ち上がった顔を見て、
さっきよりも尚仰天した。









―――ゾロの顔が、

涙でぐっしょり濡れている。







「っ……っ……」
「お前っ、どうしたんだよっ!」


何で泣く、どっか痛いのか苦しいのかっ!

ぎゃーっ!

サンジは大パニックに陥った。



待て、ちょっと待て、お前は基本ドM、ちっとやそっとの痛みになんか、
負けるわけがねえ。神経だってナイロンザイルで出来てんだから、何かを
悲しんだり寂しがったりなんてありえねえ、考えられるとしたら……


えっ、もしかして悔し泣きっ!!?


しかしおかしいじゃねえか? キリンとの戦いには勝ったんだろう。
んじゃあ何か、最後の橋の上で、能力者に刀を取られたことか?
あれ、そんなに大事な刀だったのか?でもくいなちゃんの奴じゃ、ねえんだろう?
どうしたんだ……もしかして、俺がトライアスロンクッキングしてる間に何かあったのか。
けどみんな上機嫌に飲んでたはずじゃ……それとも俺の知らない誰かが、来た?


あまりのことにぴくりとも動けず、サンジはピッチャーを提げたまま立ちすくんだ。




そうする間にもゾロの嗚咽は止まらず、一度はサンジを見上げた歪んだ顔も再び落ちて、
体を震わせただ泣き続けている。



あ……



もしかしたら。



そのときふと思い当たった。






メリーの、ことか?




あれが今頃来たのだろうか。
こいつぁ恐竜並だから、本当の悲しみが伝達する速度が遅ぇのか?


ひっく、ひっく……


自分がすぐ目の前にいるのに、
手も伸ばさず、

大きな体をぎゅっと縮め、ひとり耐えるように泣き続ける剣士。




ずっとそんな風にやってきたのかと思うと、


胸が一杯になった。




静かにピッチャーを下ろし、ゾロの足を跨いで膝を付く。
ほんの少し上の方から、そっとその体を抱きしめた。


「ひっ……く、ひっ……く」
「よしよし」


ぽんぽん、と背を叩いてやると、


う……っと一瞬詰まった後で、

ゾロは大きな声を上げて泣き出した。


「サンジー、サンジー、わあああああああああ」
「はいよ」


だらんと垂れていた両腕が上がり、サンジを包み返す。



そうだ。
泣くときは別にひとりじゃなくてもいーんだぜ。


周りの連中がこれだけの騒音にもめげず相変わらず平和な寝息を立て続けるのを見ながら、
サンジは軽く、息をつく。



けどまあ、こんなこと、後で思い出したら恥ずかしくて死にたくなるかもしれない。




朝になったら全て忘れろ?

泣くだけ泣いて、少し静かになったゾロの頭に向かって呪文を唱える。


このままここで寝かせておくかと思ったが、案外しっかりした目つきで見返してきたから声を掛けた。


「さあ、帰ろう」


剣士は素直に頷き、しっかりと自分の足で歩き出した。
別に肩を貸さなくても、大丈夫だった。


「おやすみ」


ベッドまでしっかり送り届けてやると、剣士は安心した風に横になり、眼を閉じた。






空が明るくなってきた。

新しい日が、新しい風を運んでくる。



その先の海に間もなく浮かぶはずの新しい船の肢体を、
サンジは想像して大きく息を吸い込んだ。








end


どうやら立ち直ったらしい。(私が)







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