<優しく抱いて>



だーっはっはっは〜〜。
ぎぃやーーーーーー。

「じゃあ次、ウソップの左睫!」
「あっ、テメエ!ゴム手を使いやがるかこの卑怯者!」
「そうだぞルフィ、ずるいぞ!反則だ!ルフィが鬼なっ!」
えーっ。ちっ、しょうがねえなあ。じゃあ……ナミのおパンツ!」
「ええええ〜〜〜〜〜っ!!」

大騒ぎの脇で、剣士が目も開けずに唸った。

「うるせえ」

「おい、ゾロも混じれよ、今なんでもタッチ鬼やってんだよ」
「うるせえ!俺の前から消えろっ!!」



**


「なんだよアレ、許しがたく失敬だな」
「おう!ホント、前代未聞に失敬だ」
「具合でも悪いのか?」
「生理中だろ」
「いや。そうじゃねえきっとあれだ、こーねんきしょーがい」
「二人とも、違うよ」

二人と一匹が一列に並んで、押し合うように階段を下りてくる。
短い言葉のやり取りから、全員を憤慨させた原因を嗅ぎ取った。


30分後。
ゆっくりと近付き声を掛ける。

剣士は即座に寝た振りをした。

「ホラよ。食え。スペシャルおやつ」
「……」
「小魚のミルクスープ」
「…………」
「ウソウソ、小魚<と>ミルクスープ、小松菜のクッキー添え」

薄目が開く。
サンジは殊更にゾロの様子には無関心を装って、その体の周りにごとごとと皿を置き、それから何気なく言った。

「痛むのか」

ゾロは顔を上げぬまま、ほんの少し、体を強張らせた。

そうなんだろ。
いや、痛みまではしねえのか、疼くだけか。

サンジはゾロの横に腰を下ろすと、ゆっくりとタバコに火を点けた。





出会ってまだ間もない頃、ゾロは聞いた。
「お前、見たんだろう」と。

「そりゃそうさ、お前ぇんとこの船長が、ちゃんと黙って最後まで見届けろっつーから」

その時ルフィはもう自分の船長でもあったのに、何故かサンジはそう言った。
そう言ってしまってから、もう少し簡単に、「ああ」とだけ答えればよかったと後悔した。


その傷に付いて、サンジはゾロと共有できる言葉を持たない。


あのときの勝負のことは、本当に、誰も、何も、言うことができないのだった。
何を言ってもただひたすら空々しいだけだということが口にする前からわかる。
本人にすら、語って欲しくはなかった。

ゾロもそれ以上は何も聞かなかった。
いいのかいけないのか、
言葉は追いやれても、
体のその場所を、見ないわけにはいかない。

ただ少しずつ、嫌がらないのを確かめてその引き攣れた場所に触れて、そこが他よりほんの少し、余計に感じるのだということがわかってからは、ためらうことなくそこに、

指を、
唇を、
舌を這わせてみるだけで、


自分の体がそこから3センチでも離れてしまえば、もう、それ以上、そこを気にすることはしない。



ゾロが時折、焦りを感じていることはわかっていた。
当たり前だろう。

そして、ごくたまに、空気の具合がこんなときに、胸の傷は、ゾロに何かを促すように、しつこく疼いたりするということもわかっていた。

その、戻る痛みは小さくても、同時にせっかく忘れていた色々なことを思い出させて、ゾロはその度にうんざりしながら、また新しい悔しさを味わうのだろう。


だからといって別に。
それをどうとも思わない。

仕方ないことだ。


ただ。
こんなときは。


「ゾロ」
「……」
「ちょっと、立ってみろ」
「……」
「早く」

座ったままでもなく、お互いに倒れ込んだ姿勢でもなく、

きちんと直立して、
向かい合い、

目の前の体を包み込む。


ああやっぱり熱が。

出口のねえ体ん中を、
ぐるぐる回ってるじゃねえか。

「ホラ」

促すと、しぶしぶゾロも両腕を回してきた。

そのままずっと、柔らかく抱き合った。


そのうちに、火照った体は次第に落ち着きを取り戻し、鼓動と呼吸が同じくらいの大きさになった。

そっと体を離す。

熱は収まった、と顔が告げていた。


小さく微笑んでやったのに、ゾロは怒ったように口を尖らせサンジを睨み付けた。
その顔が可笑しくて、今度は声を立てて笑う。

「ちゃんと食って、カルシウム補給するんだぞ。残しやがったら承知しねえ」

びし、と言い置き去ろうとすると、後ろで全部を一気にスープの中にぶち込む気配がして、サンジは思わず足を止めた。

だが、それを掻き込む顔は一生懸命で、確かに、ちゃんと食おうとしている様子がよくわかって、それでサンジはもう一度笑った。





おはり






special thanks to Sumner-Jitsuko, thanks for your inspiring!








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